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後藤健生の「蹴球放浪記」アルゼンチンW杯への大旅行

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サッカー批評Web

1978年ワールドカップはアルゼンチンで開かれた。思わぬかたちで大金をせしめた後藤さんは、サッカー観戦をメインにした南米大陸大旅行を企てた。ところが、その最初の国ペルーで、弾丸飛び交うクスコの街を逃げまどうはめに……。果たして、その運命は如何に。 【画像】賞金を稼いだクイズ番組

■クイズ番組で大金をつかむ

 僕が初めてワールドカップを見に行ったのは1974年の西ドイツ大会でした。その時は「一生に一度」のつもりでした。4年後の大会はアルゼンチン開催で、もちろん興味はありましたが、当時は南米大陸というのは今の人たちが考える以上に遠い所でした。「地球の裏側」ですよね。ヨーロッパに比べてお金もかかります。  だから、“次”は諦めていました。  ところが、アルゼンチン大会を前に大金を手にしたんです!  当時TBSテレビでお昼にやっていた「ベルトクイズQ&Q」という番組に出場して優勝したんです。賞金は100万円です。そして、その直後に優勝者だけを集めた「チャンピオン大会」というのがあって、これにも優勝したので合計でなんと200万円をもらったわけです。  こうして、僕はアルゼンチンを目指すことになりました。  ただ、やはり南米旅行は「一生に一度」だと思ってました(実際はその後10回も行くことになったんですけどね)。それで、アルゼンチンとの間をただ往復するだけではもったいないので、まずペルーに上陸して、そこからボリビア、チリを通ってアルゼンチンに入り、大会終了後はパラグアイとブラジルを見物して帰国するという南米大陸周遊旅行を計画しました。約2カ月の日程です。  南米行きの格安航空券などなかった時代です。まずロサンゼルスまで大韓航空で飛んで、ロスで南米行きの安いチケットを購入。アンデスの山々を見ながら無事にペルーの首都リマに到着しました。そして、インカ帝国の首都クスコに向かったのです。  標高は3400メートル。高地に行くのは初めてだったので不安もありましたが、着いた直後は大したことなかったので、早速、丘の上にあるサクサイワマン遺跡などを歩き回り、夜はピスコというブドウから作られる蒸留酒をしこたま飲んだのです。  これがいけなかった……。翌日から頭痛に悩まされ、鼻がツーンと詰まった状態が、1週間後に低地に下りてくるまでずっと続きました。  2日目から街の様子がおかしくなってきました。実は、日本を出発する前にも新聞でニュースは読んでいたんですが、石油の値上げを巡ってペルーでは反政府運動が起こっていたんです。軍事政権が全土に戒厳令を敷いたのに対して民衆はゼネストで対抗しました。夜、クスコの街を歩いていたら遠くでパンパンパンと自動小銃を撃つ乾いた音が聞こえてきました。人々がバラバラと逃げてきます。僕も一緒に走っていると、水平撃ちされた催涙弾が足元をかすめていきました。

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