字幕の標準化の可能性は? パラブラ代表が語る、すべての観客に開かれた映画の在り方
バリアフリー対応コンテンツの需要が年々増加する一方で、字幕上映の限られたスケジュールや環境整備の不足、そして多様性への真の理解といった課題が依然として残っているのが映画界の現状だ。 【写真】モニター検討会の様子 2013年に設立されたPalabra株式会社(以下、パラブラ)は、視覚や聴覚に障がいのある人を含めたすべての観客に、字幕や音声ガイドを通じて映画の魅力を届けるバリアフリーサービスを提供している。 そんなパラブラの代表取締役・山上庄子氏にインタビュー。同時に行ったパラブラのコンテンツ利用者や字幕利用者へのメールインタビューをもとに、業界の現状や課題についての見解を聞いた。“すべての観客に開かれた映画の在り方”とは何か。そして、邦画において字幕が標準化される未来は訪れるのか。誰もが作品の魅力を味わえる環境づくりを目指すパラブラの挑戦に迫った。 ●「“バリアフリー”という名前が一番のバリアになっている」 ――2013年に設立したパラブラの歩みを教えてください。 山上庄子(以下、山上):会社自体は1960年からありますが、もともとは書籍を扱う株式会社第一書林としてスタートしました。パラブラが所属しているPHDグループの中で映像に関わる新規事業を進めることになり、2013年に「Palabra株式会社」への社名変更を経て、映像のバリアフリー化を専門とする会社として立ち上がりました。 ――ちなみに「パラブラ」という名前の由来は? 山上:スペイン語で「言葉」という意味を持つ「Palabra」にしました。言語の起源もラテン語から由来していることが多く、正にバリアフリーも言語のひとつにしていきたいという想いも重なり、この名前を付けました。 ――山上さんはどのような経緯で参加することになったのでしょうか? 山上:以前は沖縄で仕事をしていたのですが、東京へ戻ることになった際に、昔から好きだった映画に関わる仕事を考え、ご縁があり新規事業の立ち上げに参加することになりました。「映画の観客の幅を広げていく事業でありたい!」という思いがベースにありました。洋画に付いている翻訳字幕と同じで、翻訳者によって映画の伝わり方も大きく変わってしまうんです。私はそこがすごく大事だなと思っていて。当時テレビに字幕や音声ガイドがつきはじめている様子を見て、この先映画に字幕や音声ガイドがつく社会を目指そうと決めたときに、絶対にいい加減なものにはできないなと思いました。だからこそ、映画の製作側の方に監修に入っていただき、字幕や音声ガイドもきちんと映画の一部として公式のものにしていきたいなと考えました。 ――バリアフリー事業をやろうと思った“きっかけ”があったのでしょうか? 山上:もともと実家が映画製作・配給の会社をやっていたのですが、昔から私は作るよりも観るほうが好きだと感じていたんです。学生のときも映画館で働いていて、映画を観た後のお客さんの表情を見るのもすごく好きでした。「映画を観る」という体験に興味があったので、字幕や音声ガイドを必要とされている人に出会ったときに、当然同じ観客なのに、なかなか自由に映画を楽しめないという状況に違和感を覚えたことがきっかけです。福祉の視点ではなく、映画の観客の幅を広げることで、映画業界が豊かになっていく可能性を感じています。 ――「バリアフリー=ボランティアや国が支えるもの」とイメージしている方もまだまだ多いように感じます。 山上:事実、バリアフリーはボランティアベースで支えられているところもまだまだ多い状況だと思います。日本では洋画が公開する時は、翻訳字幕や吹き替えは前提としてついていますが、バリアフリーの字幕や音声ガイドは、選択肢としては最初から存在していないですよね。事業を始めた2013年ごろは、字幕や音声ガイドがつく作品は年間数本という状況でした。 ――そんなに少なかったんですね 山上:そうなんです。それも障害者が出てくるからとか、障害を扱う映画だから付けましょう……という傾向もあったと思います。観たい映画はみんな変わらないので、やっぱり今話題の映画とか、好きな映画を自由に選びたいというのは当たり前のことですよね。 “バリアフリー”という名前が一番のバリアになっているのかもしれないと、最近感じています。何か特別なものとして一般のお客様が避けてしまうという話も聞きます。実際は、誰でも自由に利用いただけるものなんです。先日ある作品で字幕上映とトークショーを実施した時には、聴覚障害に限らず、外国人や聞こえる字幕ユーザー、一般の方も含めて多くの方がいらしていました。洋画を観る際に「字幕版」か「吹替版」の選択肢があるように、バリアフリー字幕も「字幕あり」「字幕なし」を自由に選ぶような存在であってほしいですね。 ――パラブラとして字幕や音声ガイドを制作される際に、特に重要視していることは? 山上:「当事者性」と「作品性」を大事にしています。ユーザーの方々にきちんと伝わるものになってるかということと、映画の作り手の演出や意図に沿ったものになっているか、両方のバランスをとるようにしています。パラブラでは、作品ごとに「モニター検討会」を実施しています。映画の場合は監督やプロデューサーが立ち会ってくださることが多く、同時に実際のユーザーである視聴覚障害や視覚障害の当事者にも来ていただいて、それぞれの気づきを出していただき、その意見を元に最終的にブラッシュアップをしていきます。 ――「UDCast(※「パラブラ」が開発・運営を行っている字幕や手話の表示、音声ガイド再生などが可能なアプリ)」の開発背景について教えてください。 山上:字幕や音声ガイドを作る専門性だけはどこにも負けたくないという思いでまずはそこを極めていきましたが、その次の展開として、必要なユーザーに届けるという部分も同じくらい必要なことだという考えから「UDCast」が生まれました。アプリは2016年に初リリースをしたのですが、実際の当事者をはじめいろいろな方の意見を取り入れて、アップデートもしてきました。ですが、講演会などで各地をまわった際に、そもそもアプリの存在を知らない当事者の方がまだまだ多いということも痛感しました。そういった背景から、2022年に大きなリニューアルをして、字幕や音声ガイドが付いている作品の情報発信や、当事者の方が鑑賞サポートに関する情報交換ができるコミュニティを運営したり、アプリだけではなく場として総合的なサービスへ生まれ変わっています。 ――ユーザー数はどのくらいいらっしゃるのでしょうか? 山上:アプリのダウンロード数は13万を超えています(実数値:138,397 ※2024年10月25日時点)。アプリでは、バリアフリーだけではなく、オーディオコメンタリーの提供もしています。もちろん、コメンタリー音声とともに、聞こえない聞こえにくい方にも利用いただけるよう、コメンタリー字幕も併せて提供します。多言語字幕も含めて、文字通り映画の見方を広げ、気に入った作品の2度目、3度目の視聴としてもとてもオススメです。 ――正直、想像以上の数でした。字幕ビジネスについては、コロナ禍を経て変化した部分もあるのでしょうか? 山上:コロナによって劇場や映画館で楽しむエンタメに制限が生まれたのと同時に、 「Stay Home(ステイホーム)」生活になって圧倒的に配信が伸びたと思います。また、最近は多様な形で街に映像があふれていますし、私たちが思っている以上に若い人たちをはじめ、多くの人が字幕を使っているという発見がありました。ここまでくると、字幕は当たり前のものになりつつあると感じます。 ――私自身もコロナ禍を経て、日本語字幕付きで観たい派になりました。 山上:そうなんですね! 字幕上映があると、日本在住の外国の方や、聞こえる字幕ユーザーからも喜ばれるので、字幕や音声ガイドが持っている可能性は広がっているなと感じています。