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日本の音楽シーンにロックバンドを根付かせたプリンセス プリンセスの傑作『LET'S GET CRAZY』

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大衆性の高さでシーンに分け入る

さて、随分と前置きが長くなったが、そこでプリプリである。彼女たちがブレイクを果たしたのは88~89年。BOOWY解散が88年。レベッカの解散は91年だが、最後のオリジナルアルバム『BLOND SAURUS』のリリースは89年である。BOOWY、レベッカの解散とプリプリの浮上は符号している。“取って代わった”とかいう簡単な話ではないだろうが、バンド形態、女性ヴォーカルというプリプリのスタイルが両バンド無き後の受け皿となった可能性は捨て切れない。89年の年間売上ベスト10にバンドでランクインしているのはプリプリだけだ。最注目は所謂バンドブームと言われた90~92年。ここでもまた、毎年バンドでランクインしているのはプリプリだけだし、そもそもこの3年間、売上上位で居続けたのはプリプリの他では松任谷由実、B'z、DREAMS COME TRUEである。数字面で言えば、バンドブームの頂点はプリプリだったことは間違いない。そればかりか、89年を含めて4年間売上上位であり続けたバンドはそれまでいなかったわけで、この事実だけでも彼女たちのすごさが分かろうというものだろう。 まぁ、数字を検証するまでもなく、筆者のようなとても熱心なリスナーとは言えなかった者でも、彼女らの楽曲のいくつかは耳にしたことはあるだろうし、口ずさむことも可能だろう。それほどプリプリの楽曲が巷に浸透していたことは実感として思い出せる。とにかく奥居香(Vo&Gu、現:岸谷香)の作るメロディーは大衆性が高かった。また、これは邪推かもしれないが、全員女性というガールズバンドのキャラクターも活きたのだと思う。当時は、中森明菜はもとより、小泉今日子、南野陽子、中山美穂、浅香唯、工藤静香、Winkと主流はやはり女性アイドル。ガールズバンドだからこそ、そこに違和感少なく分け入れたと考えるのが普通だろう。さらに、歌詞では「Diamonds」や「世界でいちばん熱い夏」で示されるポジティブ思考、「M」に代表される揺れる乙女心が、世の女性たちのハートを掴んだのも確かだと思う。というわけで、発売時期からしてこのアルバムが彼女たちの大ブレイクのきっかけになったのは間違いないし、名曲「M」も収録されていることだし──と、正直言って若干高を括ったまま、3rdアルバム『LET'S GET CRAZY』を本コラムの俎上に載せようと聴いてみて驚いた。こんなにロックだったとは!? 高を括っていたことを反省するし、申し訳ない気持ちでいっぱいである。

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