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日本の音楽シーンにロックバンドを根付かせたプリンセス プリンセスの傑作『LET'S GET CRAZY』

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OKMusic

OKMusicで好評連載中の『これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!』のアーカイブス。今回は日本の音楽シーンにロックバンドを根付かせた最大の功労者、プリンセス プリンセスの傑作『LET'S GET CRAZY』を紹介したいと思う。 ※本稿は2016年に掲載

プリプリ最強最高バンド説

本稿作成のため、アレコレ調べていたら、「実はプリンセス プリンセス(以下プリプリ)が邦楽史上最もすごいバンドではないか?」という思いがふつふつと頭をもたげてきた。ガールズバンドで…ではなく、日本の歴代全バンドの中で最強最高ということだ。そりゃあ、BOOWY、レベッカ、THE BLUE HEARTS、ユニコーンら、1980年代終盤から90年代前半のバンドブームをけん引したアーティストたちはどれもすごいレジェンドではある。BOOWY、レベッカはバンドが奏でるロックミュージックを日本の一般リスナーに知らしめ、THE BLUE HEARTSやユニコーンらはロックの多様性を浸透させた。その結果、ロックバンドの楽曲がチャートインすることも当たり前になったし、ロックバンドがアルバム中心、ライヴ中心で活動することも認知されるようになったと思う。いずれも邦楽史においてなくてはならない存在であったことは間違いないが、プリプリの活動時期と、そこでの実績を鑑みると、(かなり大袈裟な物言いであることを承知で書くが)前述のバンドたちもプリプリの功績があってこそ輝いたのではないかとすら思えてならない。 日本の音楽シーンの中心は長らく歌謡曲であった。70年代後半から所謂ニューミュージック勢もチャートを賑わせるようになるが、やはり強いのはアイドルであり、その傾向は80年代後半のBOOWY、レベッカの出現するまで続いていく──と言いたいところだが、今回調べていてBOOWY、レベッカも即ちシーンの地殻変動を起こしたわけではなかったことも分かった。レベッカは1985年、シングル「フレンズ」の大ヒット、アルバム『REBECCA IV ~Maybe Tomorrow~』のミリオンセラーでシーンに躍り出たものの、当時の女王、中森明菜の牙城を崩すには至らなかった(年間売上はかなり肉薄したので快挙であったことは間違いないが)。BOOWYにしても87、88年の年間売上でベスト10入りを果たしているが、87年は女王、明菜には及ばず、88年はその年間売上が2位を記録したものの、金額ベースではその年の1位であった光GENJIに大分差を付けられている。これは何も彼らの功績を揶揄したいのではなく、こと売上高で見ると、レベッカとBOOWYとが突出した存在だったのであり、大凡シーンにバンドやロックが根付いたとは言い難く、当時も主流は依然歌謡曲勢であったということだ。 一方、その後のTHE BLUE HEARTSやユニコーン、あるいはJUN SKY WALKER(S)、THE BOOMらはどうだったかと言えば、最盛期と言われる89~92年の売上はいずれも年間ベスト10に入ってはいない。セールスだけがそのアーティストの価値ではないことは重々承知しているし、前述のバンドたちが後世に及ぼした偉大なる功績はここでは語り尽くせないことも分かっている。だが、この時点でロックバンドが一般大衆を巻き込むまでに至っていなかったことは間違いない。ちなみに、年間売上ベスト10にバンド勢が本格的に名を連ねるのはGLAY、Mr.Children、THE YELLOW MONKEY、JUDY AND MARYがランクインした97年まで時を待たねばならない。

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