WR-Vやフロンクスのかなり前から「当たり前」だった! 海外生産の「日本メーカー車」の日本導入
BEVミニバンやスーパーカーも海外製だった
地産地消の視点からグローバルに生産拠点を持つ場合、もっとも売れそうなエリアで生産するわけだが、該当モデルのグローバル販売計画が少なめの場合には、その工場で世界中のニーズをカバーすることは珍しくない。そうしたケースで考えたときに思い出すのが、世界初のBEVミニバンといえるモデル。スペインで作られた日産e-NV200である。 日本ではNV200やバネットという名称で販売されている小型バンには、ほんの数年前までBEV仕様があった。それがe-NV200であり、スペインの工場から世界中にデリバリーされていたのだ。そのため、日本仕様のNV200は5ナンバーサイズのボディだったが、e-NV200は1755mmのグローバルサイズであり、商用仕様は1ナンバー、乗用仕様は3ナンバーとなっていた。 さらに、乗用仕様のワゴンには2列シート5名乗車と3列シート7名乗車のバリエーションがあった。日本での発売は2014年、この時代から量産BEVミニバンは存在していたのだ。 当初は、初代リーフの初期モデル同様24kWhと非常に小さいバッテリーを積んでいたが、後期型では40kWhとバッテリー総電力量をアップ、一充電航続距離はJC08モードで300kmを誇っていた。車中泊ブームと電気の使えるBEVは相性が良いという声もあるが、いまこそe-NV200の復活を待っているファンもいるのではないだろうか。 地産地消志向で整備された海外の生産拠点と聞くと、いまなら北米や中国を思い浮かべるものだが、かつての日系自動車メーカーは欧州に進出することがトレンドだった。そんな時代に、三菱自動車はオランダに進出した。 もともと地場の自動車メーカーとしてネッドカーがあり、1970年代にボルボが買収。そして1990年代に三菱自動車も出資することで、オランダで三菱車が作られるようになる。基本的には欧州向けモデルの生産拠点だったが、そこから日本に輸入されたのが「カリスマ」だった。 車格的にはランサーとギャランの中間といえるもので、日本仕様のエンジンは1.8リッターガソリン4気筒、ボディは4ドアセダンとなっていた。のちに、三菱の力作GDIエンジンを全車に搭載するなど欧州生まれのプレミアムなキャラクターを強調したことで存在感を高めたことも記憶に残る。 ちなみに、欧州ではランサーエボリューションがカリスマの名前で販売されていたこともあり、WRCでも「カリスマGT」の名前を見かけることもあった。 最後に紹介するのは北米生産のスーパーカー、ホンダNSXだ。開発段階からさまざまな情報が発信されていたのでご存じの方も多いだろう。2代目NSXは北米を主体に開発され、オハイオ州の専用工場「パフォーマンス・マニュファクチュアリング・センター(PMC)」にて生産が行われ、そこから日本への輸出されていた。 この判断もホンダが長年続けてきた『需要のあるところで生産する』という地産地消志向に基づくものである。なにしろNSXはホンダのプレミアムブランド「ACURA(アキュラ)」で売られているスーパーカーであり、メインマーケットは北米だったからだ。「日本の誇りといえるNSXをアメリカで作るなんて」と嘆いたファンの声もあったが、ビジネス的にはホンダの判断は理にかなっていた。 もっとも、NSXのようなスーパーカーにおいては「made in Japan」という要素も必要だったのでは? という指摘もあった。グローバル生産の効率面だけではブランディングの難しさがあるのかもしれない。 なお、冒頭にて海外で生産された日本車を「逆輸入車」と表現している声があると紹介したが、もともと逆輸入車というのは日本で生産した海外専売モデルを海外から日本に輸入するときに使っていた言葉であり、厳密にいえば海外工場で生産した日本車に使うのは正しくない。生産や開発の拠点がグローバルに広がる時代においては「死語」となりつつあるし、できれば使わないことが望ましいといえるだろう。
山本晋也