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ビートたけしが語った志村けんの「光と影」ライバルに託した笑いの牙城 「我々は陽炎、ドリフは続いてる」

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志村けんさんが急逝して約半年が経った。同時代を生きたライバルであり、戦友でもあったのがビートたけしさん(73)だ。かつて二人は、『8時だョ!全員集合』(TBS系)と『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系)の主力メンバーとして活躍し、人気を二分。その戦いは「土8戦争」とも称され、壮絶な視聴率競争を繰り広げた。そんな二人だが、1998年からバラエティーでの共演が増えていく――。下積み時代からくる「複雑な内面」、様々な番組に顔を見せるようになった経緯、ザ・ドリフターズとひょうきん族の違いなど、たけしさんが知る志村さんについて聞いた。(ライター・鈴木旭) 【画像】30年前の密着写真、愛車のベンツで〝出勤〟する志村けんさん スタジオで見せた素の表情

最初に会ったのはマックボンボン時代

――志村さんと最初にお会いしたのはいつ頃になりますか? けんちゃん(=志村けんさん)とは、マックボンボンってコンビでコントやってた頃かな。ちょっと顔合わせた頃にドリフのボーヤになっちゃったんだよ。ただ、そこでは本当に挨拶程度で、浅草で会っても別に話はしなかったね。番組で言うと、フジテレビの『新春かくし芸大会』で会ってるとは思うんだけど、オレが出た頃はツービートというよりも、ほとんど一人でやっていた頃じゃないかな。 ――そんなに早い段階でお会いしていたんですか! 志村さんの著書『変なおじさん』(日経BP社)の中に「(たけし)軍団の人がまだ5人くらいのころに2年続けて正月に一緒にゴルフに行ったりした」と書かれています。プライベートでも交流があったようですね。 ゴルフは何回か行ったね。軍団のメンバーがゴルフブームになっちゃって。けんちゃんっていうのは、いかりや(長介)さんがいて、ドリフターズがあって、そこのボーヤで。ちょっと芸能の世界では、メンバーの人たちからみても下なんだよね。 いかりやさんって昔風の人だったから、けんちゃんは厳しい修業時代を積んでメンバーになってるんだよ。 ただ、東京人というか、関東のミュージシャンらしいコンビネーションを図って笑わせる世界にいた人だから、認められたのは早いよね。ポンポンッと上がっていって、いつの間にかドリフの主力になっちゃった。加藤茶さんとけんちゃんがいて、いかりやさんがいる座長芝居みたいなのはすごく得意だったね。

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