ポーランドの花火事情
花火写真家であり、ハナビストを名乗る冴木一馬による花火をめぐる旅の不定期連載。その第9回は、花火視察のために2019年11月から12月にかけてポーランドに訪れたお話。 【写真を見る】収容所跡へ
ポーランドへ
花火は平和の象徴である。な~んてことを書くと何がということになる。以前にマカオ旅行記で簡単に花火の歴史について触れたことがあった。花火は中国で発明されシルクロードを渡り西欧に広がった。当初は花火というより火薬であり武器を作る材料であった。だが中東だけには火薬文化が根付かなかったのである。それは火薬に代わって石油という燃焼物があったからという。花火文化は世界の約30カ国に存在するが私達一般人が楽しむ玩具花火は、その半分の国にしかない。何故ならば西欧の多くの国々では古くから人種や宗教の違いによる紛争が長く続き、たとえ玩具花火でも一般人に火薬を扱わせないという文化が色濃く残っているから、とのことである。そんなわけでハナビストはいつかアウシュヴィッツやビルケナウ強制収容所で亡くなられた多くの人々の鎮魂のために花火を打上げたいと願っており、そのために今回はポーランドへ足を運ぶことになった。 そして多くの事を知ることができました。まずはアドルフ・ヒトラーがドイツ人ではなくオーストリア人であること。これについては知っている方も多くおられると思います。そしてユダヤ人という定義は人種的なものではないこと。いわゆるユダヤ教の信者はすべてユダヤ人とされるとのことでハナビストもユダヤ教信者になればユダヤ人と呼ばれることになるそうである。ヒトラーは人種主義を唱えポーランド南部のオシフィエンチムという街に強制収容所を作った。ここには多くのユダヤ人が住んでいたこと、そして広い土地があり大きな収容所が作れるなどの条件が重なり、この地になった、と聞いた。 かつての収容所の入り口には「ARBEIT MACHT FREI」(働けば自由になる)と書かれている。よく見ると三つめのBの文字が逆さまになっており被収容者が抵抗の意思を示すために敢えて逆にしたと伝えられるのだが、ゲートが開いたときには、バーがBの文字にかかり、それが見えないように工夫した、という。 オシャレなレンガ倉庫街にも見える建物は番号がふられ一部の棟は博物館になっており、奥には監視所が置かれている。 各部屋には没収した靴や鞄、メガネなど多くの持ち物や身に着けていたものが展示されていた。最後にはコンクリートの打ちっぱなしで作られたガス室がある。天井に約30cm四方の穴があり、そこからガスの入った缶が投げ込まれたそうだが、私はシャッターを押せなかったのである。 翌日はふたつの花火会社を取材した。ひとつはワルシャワにあるSUPER POWER FIREWORKSだ。ここはポーランドでも数多くの優秀な成績を残してきた会社で1984年に、内務省から取得したライセンスに基づき民間の会社として設立された。現在は3代目になるグジェゴシュ・リテル・クック(Grzegorz Rytel Kuc)氏がゼネラルマネージャーとして会社を束ねている。棚には多くのトロフィーが飾られていた。 1994年から中国の消費者向けの花火を国内で提供しており、ほかにスロベニアやスロバキア、イタリアなどから買い付けているという。 独自の専門チームを編成して、Exploなどの最新のシステム機器を使用して屋外・屋内イベントの花火を提供している。社長と一緒に対応してくれたのは27才になるKASIAで入社2年目。以前は家具を販売する会社で働いていたそうで、とても気さくで笑顔の素敵な女性だ。 さて2社目はクラクフにある Nakaja Art (ナカジャ・アート)である。関西人のわたしにとっては“ナカジャ”という響きは何となく日本語的な言葉に聞こえる。代表であり設立者のパヴェル・ジグラ (Pawel Zygula)氏にたずねると「私たちの精神の『内側』にある芸術性を花火のショーによって表現する」という意味合いで名付けたそうである。 ということは、「ナカジャ」は「中じゃ」という日本語起源なのだろうか? 答えはイエスだ。というのも、パヴァル氏は、2005年に日本で開催された国際花火シンポジウムに訪れたことがあり、そのとき「ナカジャ」ということばに出合ったのだという。ちなみに、当時、かれの会社の名称はForteca(フォルテカ)というものだったという。 ジグラ氏は日本語をしゃべることができなかったが、シンポジウムで知り合った花火師たちと会話をするうちに「中じゃ」という言葉だけが耳から離れなかったという。意味を聞いたところ、内側や中側という意味合いの日本語だと聞き、独特の発音が心に残ったこともあって、ついに2016年には社名を変更したのだ。 現在、ナカジャ・アートはポーランド内で最も元気のある花火業者で、国際競技会にも積極的に参加している。YouTubeをはじめ、各種SNSでも話題になり、私も何度も動画を拝見した。どこの競技会においてもプログラムが絶妙なのである。 実はポーランドでは花火への圧力が高まっている。ロンドン・オリンピックでも問題になったが、花火は環境に悪いと考えられていることが原因のようである。花火による騒音問題、燃えないで落ちる玉皮や火薬が燃焼することによって発生するガスなど、“花火による環境への影響”への懸念は世界中で高まりつつあり、ドイツほど深刻でないにしろポーランドでも声は上がっている。 そのためNakaja Artは、さまざまな方向から産業廃棄物(玉皮や花火筒など)の使用量を減らし、環境汚染に繋げないための努力をして、オリンピックなどの国際的なイベントや国際花火競技会などにも積極的に参加するように心掛けているという。 いずれの企業も、いま最もポーランドでアクティブな花火会社である。 PROFILE 冴木一馬 1957年、山形県鶴岡市うまれ。1987年頃より花火の撮影をはじめ、ハナビストを名乗り活動する。http://www.saekikazuma.com/
文・冴木一馬