穂村弘と永井玲衣が「世界のポテンシャル」を感じた瞬間…『迷子手帳』『世界の適切な保存』記念対談
人気歌人・穂村弘さんの最新エッセイ集『迷子手帳』と、注目の哲学者・永井玲衣さんの待望のエッセイ集『世界の適切な保存』が刊行されました。大きな反響を集める2冊の刊行を記念して、「言葉」を手掛かりに世界の隠れた可能性を探る二人のユーモアと発見にみちた対話を、「群像」2024年10月号より特別に転載してお届けします。
みんなで迷子になる試み
穂村永井さんの新刊『世界の適切な保存』には、短歌がたくさん出てきますね。 永井そうなんです。この本のゲラを見ていたときに、「短歌、出てき過ぎ!」とまず思って、その後にすぐ「穂村さん、出てき過ぎ!」と、自分でびっくりしました。 穂村うれしいです。いろいろな短歌が引用されているのを楽しく読みました。 いま永井さんはあちこちで活躍されていて、さっき小説家の海猫沢めろんさんと話していたら、彼も永井さんのファンで、ご出演のラジオ番組に悩みを投稿したら読まれたと言うんです。「自分というものがはっきり定まっていない自分は、作家として揺らいでいて、いいものが書けないんじゃないかと思って悩んでいます」と。 永井そうだったんですか。TBSラジオの番組で、哲学対話のコーナーを持たせてもらっていて、そこでリスナーさんからの問い、「自分を持っているってどういうこと?」を取り上げて、皆さんと考えていたんです。まさかプロの作家の方とは思わなくて、みんなで「いい質問ですね」とか言って。 穂村すごく喜んでいました。 永井穂村さんとはこれまで何度かトークをご一緒しているのですが、今回は私の本と穂村さんの『迷子手帳』の刊行記念対談ということで、お互いの本を通してお話しできればと思ってきました。よかったら、『世界の適切な保存』の感想をいただいてもいいですか。 穂村すばらしかったですね。自分が心のどこかでうっすら感じていたこともいっぱい出てくるし。今のお話を聞いて、ラジオでも哲学対話できるんだと思ったんですが、哲学対話というのは基本は生身なりオンラインなりで集まって、テーマをきめてみんなで話し合うと思うんだけど、僕の感じ方だと、それはみんなで迷子になる試みのような気がするんです。 もしもその中に一人、すごくしっかりした人がいて、「自分は地図を持っています。現在地はここで、目的地はここだから、最短ルートはこうです」と言ったらどうか。現実の社会ではその人はリーダー向きだと思うけど、哲学対話の場では逆に違和感があるんじゃないか。地図や目的地や現在地や最短ルートは、すべて世界の現在の形を前提としているわけだから、そこでの正解は、つまり世界を現状のまま固定してしまう。 永井さんの本はその真逆で、読み手が不安になるようなことを、書き手が自分も不安がりながらどんどん書いていくから、地図を持ってない者同士の迷子比べみたいになって、すごく刺激されるんです。 永井うれしいです。そのうれしさは、自分が穂村さんの本を十代から読んできたことが過度に影響していると思いますね。『迷子手帳』の帯には「いつまでも迷子であり続ける人のための手帳です」と書かれているんですが、私がこの本を読んで思ったのは、穂村さんこそ徹底してずっと迷子だなと。私が十代のときに読んでいた穂村さんの迷子性と、30歳を超えていま読む穂村さんの迷子性が、ずっと貫き通されているというのがすさまじい。 穂村さんが信頼できるなと思うのは、読み手に対して「大丈夫だよ。君は迷子のままでいいんだよ」みたいな、妙な寄り添い感がないこと。ただ率先して穂村さんが迷子であることが書かれているというのが、むしろすごくありがたいと思って読んでいました。 穂村迷子放送で、「ホムラヒロシくんとおっしゃる、青いシャツ、グレーのズボンで、眼鏡をかけた62歳ぐらいの男の子が、はぐれて迷子になっています」みたいな。でも、もう10年ぐらいすると、マジでそうなりそうな感じもあるよね(笑)。