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【追悼】「日本は何も学んでいない」大林宣彦と赤川次郎が語り合った「映画」「小説」「戦争」

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デイリー新潮

 4月10日、映画監督の大林宣彦さんが肺がんのため亡くなった。享年82。数々のヒット作を世に残したが、中でも監督の地元・広島県尾道市を舞台に描かれた「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」のいわゆる“尾道3部作”はあまりに有名だ。  大林監督は、この3部作に続き90年代に入ると、“新・尾道3部作”を発表した。「ふたり」「あした」「あの、夏の日」。1作目の「ふたり」は、赤川次郎氏の同名小説が原作で、事故によって愛する姉を亡くした妹が、死んだはずの姉の“声”に見守られながら成長していく姿を描いたストーリーだ。この映画で主人公・北尾実加役を演じたのは当時18歳の石田ひかり。その好演がブレイクのきっかけとなった。  昨年10月、その『ふたり』の30年ぶりの続編、『いもうと』が刊行された。北尾実加の11年後を描いた作品である。この刊行に合わせて大林監督と赤川氏は記念対談を行った。映画化以降、親交が続いていたという2人のクリエイターが、小説について、映画について、そして日本の未来について存分に語り合った対談を、追悼の意を込めて再録しよう。 (以下は「小説新潮2019年11月号」より)

あれから30年

大林 「ふたり」の映画の公開は何年でしたっけね?  赤川 1991年です。だから映画の公開からも28年が経ちますね。『いもうと』の企画は編集者から「2019年が『ふたり』刊行から30年ですから、北尾実加のその後を書いてほしい」と言われて書いたものなんです。 大林 今日のために、『いもうと』を何回も読んだんですが、実は腑に落ちないところがいろいろ興味深くあって、これは直接、赤川さんに質問をしようと思ってきたんです。実加が大学に行かず就職を決める冒頭の17歳の最後のシーンで、(お父さんに関するあれこれは)知ってたわ。でも、大丈夫。実加は一人で切り拓いていける、として心の中の千津子に「私は自分で選んだ道を行く」と言ってますが、あれはどういう意味で読めばいいでしょうか? 解釈としては2通りありますよね。ひとつは「お姉ちゃんのことはもう忘れて、私なりにがんばって、ひとりで生きていこう」。もうひとつは「どこまでも私はお姉ちゃんにしっかりついていきます」。どう考えても、奥手で、引っ込み思案であるがゆえに、自分らしい生き方とは何かを見つめてきた実加が、自分からお姉ちゃんと別れるとは言わないはず。 赤川 そうですね。あそこは、父親のお金で生活することから独立したいという気持ちが第一だと思います。千津子を頼ってはいるけど、いつも出てきてくれるとは限らないですから。実際、今回、千津子はそんなに出てこなくて、あまりファンタジーという感じではなくなりました。 大林 なるほど。シリアスなドラマをファンタジーにすることは、ままあることですが、ファンタジーとして完璧に読者に刷り込まれ、映画の虚実の中でその間にある感情を心の真(まこと)として描き切った作品を、今度はシリアスに、日常スケッチとしてドキュメンタリータッチにするのはすごい。しかもさすがだと思ったのは、まずは岸部一徳さんが演じたお父さんの存在ですね。 赤川 情けない感じのお父さんで。 大林 気がつくと、お父さんの札幌の同僚の女が10年後には東京にいて、ああ、二人の関係はまだ続いてたのかと思わされる。あれには妙にこわいリアリティがある。 赤川 僕自身が父親と全然暮らしたことがないので、父親がいなくても生活は変わらないという意識があるんですよね。普通は父親が中心になって生活が動いていくんでしょうけど、僕はまったくそれがなかったので、父親という存在はどこか宙に浮いてるんです。 大林 そうか。『いもうと』は話もドキュメンタリータッチなら、赤川次郎という人の人間ドキュメンタリーでもあるのか(笑)! それは赤川次郎文学を今紐解く上で、とても興味深いですね。 赤川 小説の中では10年しか経っていないのに、実際には30年経ったので、小説にもパソコンだの携帯だのが出てきます。時代はずいぶん進んでしまいました。 大林 あとは、神永智也のことも質問したいんです。 赤川 彼もとても情けないことになってしまいました。 大林 映画「ふたり」では前田哲夫と神永智也をひとりにまとめたんですよ。だからもし『いもうと』を映画化するなら、観客は映画と原作の両方を知っているから、あくまで神永一人でやるか、もう一人の青年を別の役で出すか、どうするのがいいのか、悩みながら読んでおりました。 赤川 うーん、そうですね。書いていて気がついたんですけど、小説では神永智也が千津子に会ったのは第九の演奏会で一回きりなんです。だから千津子について、そんなに記憶が残っていないだろうなと。映画ではずっと登場するので、神永と千津子は付き合っていたような気がしていたんですけど、そうではないことに、『いもうと』を書いていて初めて気がつきました。やっぱり一旦別れてしまうとね。 大林 映画のファンにとっては、雨の中、実加のピアノの発表会に訪れる尾美としのり(神永智也役)が非常に良いんですよね。それから映画版では、ラストに尾道を見降す丘の上で、神永の実加に対する痛切な失恋の告白もある。神永も古里尾道の海とも別れ、そこで映画は終わる。あれは映画化の上の、映画の独創でしたが。申し訳ない。 赤川 あれは良いシーンですね。尾道もあの頃に比べるとずいぶん変わってしまいましたか?  大林 変わりましたね。僕がハッとしたのは、うちの尾道映画の音もずっとやってくれていた音響デザイナーの林昌平さんが「尾道の音が汚れました。船の音が直接にしか聞こえなくなって、空間の中を跳ね返る音がしなくなりました」と言ったんです。それを聞いたとき、もう尾道で映画は撮れないと思いました。やはり跳ね返りがたくさんあることが、僕が狙うリアリティなんです。 赤川 実は今度の本の書評、中江有里さんにお願いしたんですよ(「波」2019年11月号に掲載)。今はもう作家でもありますが、彼女は「ふたり」が映画デビューなんですね。 大林 たいしたもんですよ、あの娘さんは。 赤川 ロケを見学にいったときは、ちょうど中江有里さんが「お母さんと死ぬんだ」と石田ひかりさんに電話している場面の撮影でした。 大林 そうでした。あのまま「ふたり」からいい女優さんになりました。丁度今僕の新作にもそのご縁で出ているんですよ。 赤川 そうなんですか。今は書評家も脚本家もやってますよね。実は『いもうと』を雑誌で連載しているとき、新潮社の女性の編集者たちが「出てくる男がみんな情けない」って怒っていたそうです。父親も神永智也も、確かにそうかもしれない。実際、今の日本の男の人は情けないなと思うことがあるんです。女性のほうが視野がとても広いですよ。 大林 戦争を知ってる最後の世代の僕からすると、男たちは戦争へ行っても殺されるだけだから年中怯えていましたけど、女たちは決して怯えていなかった。女たちは日常に強いです。日常に強い女と、非日常にしか生きられない男。非常に対照的ですね。戦争中の男社会からは隠されていた家庭内の喜怒哀楽や、不安ながらも穏やかで、生きる活力に溢れた日々のしたたかとも言える暮らしぶり。赤川さんは戦争をご存知ない世代だからこそ、敗戦後の日本の家庭の実態がリアリティを以(も)って書けているのかしら。

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