「時間とは何か?」TENETが問いかける深遠な謎。時間逆行が不自然に見える理由を物理学者に聞いてみた
2. 「エントロピーは増大する」ってどういう意味?
「エントロピーとは、大雑把に言うと『ばらばら』の度合いをあらわす量です。どんな現象も、エントロピーが大きくなるように変化しています」(松浦教授) 例えば、コーヒーの中にミルクを入れて放っておくだけでも、自然とミルクはコーヒー全体に広がっていく。時間はかかるが、コーヒーの粒子の間に、ミルクの粒子がばらばらに広がっていくというわけだ。 この様子を逆再生すると、鉄球の逆再生動画とは異なり、途端に不自然に見える。 実は、自然界は、このように物事のエントロピーが増大する現象にあふれている。というよりも、あらゆる現象は、エントロピーが増大する方向に自然と変化しているといえるのだ。 私たちはよく、時間という絶対的な流れが存在し、その流れの中で、さまざまな出来事が起こっていると考えがちだ。 しかし、実際にはエントロピー(ばらばら加減)が増大するような変化を見て初めて、過去から未来への時間の流れを感じ取っているといえる。 だからこそ、エントロピーが増加する現象を「自然」に感じ、一方でTENETの作中で表現されている「逆行する銃弾」や「破壊された状態から元通りになる建物」など、エントロピーが減少するような現象が逆再生しているように感じるわけだ。 ちなみに、私たちの住む家の中にはエントロピーを減少させる装置が存在する。 エアコンだ。 例えば、夏にエアコンで室内の温度を外よりも低く設定したとする。 エアコンを動かさなければ、室内の温度は外気の温度にどんどん近づいていく。これはエントロピーが増大していくことに相当する。 エアコンは、室内の熱を外に排出する装置だ。これは、エネルギーを消費することで、無理やり室内の空気のエントロピーを減少させていると言い換えることができる。 「室内の『温度だけ』を見ると、時間が逆行していると言えるかもしれません」(松浦教授)
3. 時間逆行をしても、因果関係は崩壊しない
TENETでは、時間を逆行させる装置「回転ドア」が物語の重要な鍵を握る。 作中では、この装置を通過することで、時間の流れが逆転した世界へと行くことができるのだ。時間の流れが逆転した世界では、周囲の様子は、どんどんエントロピーが減少してくように見える。 一方で、松浦教授は次のように話す。 「非常に面白いのですが、時間軸を逆転させているときに、時間逆行をしている人が起こす現象は(過去に向かって)エントロピーを増大させているんです」 つまり、時間が逆行している世界にいる人が拳銃を打てば、銃弾は 拳銃を撃った人から見れば通常通り撃ち込まれるし、コーヒーにミルクを入れれば、自然と混ざり合っていくのだ。 TENETでは、登場人物が「順行世界」と「逆行世界」を行き来しながら物語が進んでいく。これにより、逆行弾やばらばらになっていた建物が崩壊している状態から元通りに戻る不自然な現象など、一見、因果関係が逆転しているように見えるシーンがいくつも存在する。 しかしこういったシーンは、あくまでも「逆行世界の現象を、順行世界から見たとき」にそう見えているだけだ。それぞれの時間の流れの世界で考えてみると、冷静に考えれば、物事の「因果関係」は一切崩壊していない。 ただ、やっかいなのが、順行世界の人物と逆行世界の人物が関わる瞬間だ。 「例えば、物語の中で、主人公が時間が逆転した世界にいるときに、腕に痛みを訴えるシーンがありました。あの怪我は、未来から過去に向かっている最中に、過去から未来に向かっている人からつけられた怪我です」(松浦教授) 順行世界の人につけられた傷は、時間の経過と共に治っていく。 しかし、主人公はそのとき、未来から過去に時間をさかのぼっていたため、 「怪我が治った(何もない)状態から痛みを感じ始め。怪我をした瞬間に近づいていくにつれて傷が悪化していきました。そして、怪我をした瞬間よりも過去にまでさかのぼると、全く傷を負っていない状態になります」(松浦教授)