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【ドラフト回顧・1965年】手探り状態の中、巨人は1位で堀内恒夫、近鉄2位には鈴木啓示

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週刊ベースボールONLINE

今年もまた、ドラフト会議が近付いてきた。1965年秋からスタートし、今年で56回目。制度をさまざまに変えながら歴史を紡いできた。ここでは2019年のドラフト会議まで、1年ごとに振り返っていく。 【1980年】「悪運が強いんだ」巨人・堀内恒夫、雨中の200勝

戦力不均衡是正のためにスタート

 ドラフト制度誕生以前の自由競争時代は、激しい選手争奪戦の中で、特に1950年代後半以降、契約金が天井知らずに高騰し、球団経営を圧迫。さらに言えば、人気面でも巨人一強時代にあり、有望選手が次々巨人入りし、戦力の不均衡が起こっていた。  特に“巨人戦のない”パ・リーグの人気低迷、赤字増加は年々深刻となり、西鉄の西亦次郎球団代表は、打開策を求めアメリカのプロ・フットボールの世界で導入されていた新人採用方式に注目。それは一度、プロ入り希望選手を組織でプールし、最下位球団から優先的に補強していくもので、野球でも同様にできないかと考えた。  西は同じ悩みを持つパで地固めをし、そこからセ・リーグ球団を説得。1965年7月26日の実行委員会でドラフト制度の採用が正式に決まった。  第1回ドラフトは早くもその秋、11月17日に開催。このときは各球団がドラフト会議7日前までに希望選手名簿を提出。最大30人まで書き込めるもので、うち12人以内に獲得を希望する順位をつけた。これで1球団だけ1位希望の選手は、そのまま交渉権獲得。2球団以上は抽選し、外れると希望順位2位。重複したらもう一度抽選という流れで、まずは12球団の1位を決めた。二次選択はウエーバー順で、以下、折り返していく。ちなみに二次以降では希望順位は一切関係ない。 【1965年ドラフト12球団1位】 近鉄 田端謙二郎(電電九州/投手) サンケイ ×河本和昭(広陵高/投手) 東京 大塚弥寿男(早大/捕手) 広島 佐野真樹夫(専大/内野手) 阪急 長池徳二(法大/外野手) 大洋 岡正光(保原高/投手) 西鉄 浜村孝(高知商高/内野手) 阪神 石床幹雄(土庄高/投手) 東映 森安敏明(関西高/投手) 中日 豊永隆盛(八代第一高/投手) 南海 牧憲二郎(高鍋高/投手) 巨人 堀内恒夫(甲府商高/投手) ※×は入団拒否し、その後もプロ入りせず

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