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錦織圭、涙の棄権。「マイアミの誓い」は 6カ月後、ニューヨークで叶った

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東京五輪&パラリンピック注目アスリート「覚醒の時」第15回 テニス・錦織圭ジョコビッチ戦を棄権したマイアミ・オープン準決勝(2014年) 【写真】4年後も見たい! リオ五輪を彩った「美女アスリート」のスーパーボディ10連発  アスリートの「覚醒の時」----。  それはアスリート本人でも明確には認識できないものかもしれない。  ただ、その選手に注目し、取材してきた者だからこそ「この時、持っている才能が大きく花開いた」と言える試合や場面に遭遇することがある。  東京五輪での活躍が期待されるアスリートたちにとって、そのタイミングは果たしていつだったのか......。筆者が思う「その時」を紹介していく----。  少しばかりスイートスポットを外した相手のショットが、ベースラインを超える一瞬を見届けると、彼は両手を紺碧の空へと突き上げ、そのまま何度も拳を手元に引き寄せた。  右手からこぼれ落ちたラケットは、スタジアムを揺るがす大歓声のリズムに合わせて、コートを二度三度と小さく跳ねる。  世界ランキング1位のノバク・ジョコビッチ(セルビア)が、ベンチのタオルやラケットを手早くバッグに詰め込むその横で、勝者は降り注ぐ暖かな祝福の拍手と陽光を浴びながら、弾むようにコート中央へと踊り出て再び両手を天にかざした。

2014年9月、全米オープン準決勝----。  それは錦織圭のこれまでのキャリアにおいて、最も幸福で輝いた瞬間のひとつである。  そして、この大会後に世界8位へと至った彼は、手首のケガにより長期離脱を強いられる2017年8月までの約3年間、ただの一度もトップ10から落ちていない。その意味でも、あの日のニューヨークの勝利は間違いなく、錦織のターニングポイングだ。  ただ、各々の選手が長いシーズンを戦い、上級者同士が幾度ものその足跡を交錯させるテニスでは、唐突に見える勝利にも必ず布石があり、突然に見える結末も重ねた必然の帰着点である。  錦織の覚醒の時......それは全米オープンからさかのぼること6カ月、ニューヨークから約1700km離れた、マイアミで始まっていた。  天井を縦横に走る空調パイプが小さな唸り声をあげる、やや薄暗い会見室のひな壇の上で、大会トーナメントディレクターと並んで座る錦織は、悄然とまつ毛を伏せていた。

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