<イチから分かる民主主義>ワンポイントレッスン
民主主義とは何か、権威主義と対立関係にあるのか……? 民主主義に関する疑問を一橋大学の市原麻衣子氏に聞いた。 (聞き手/構成・編集部 鈴木賢太郎)Q1 そもそも、「民主主義」とはどのように定義されているものなのでしょうか?市原 民主主義は共通の受け入れられた定義がない概念です。政治学の研究の中では、大きく分けて二つの方向性で定義づけられています。 【図表】近年、権威主義化する国が増えている 一つは「手続き的定義」と呼ばれ、選挙制度の観点で民主主義を規定するものです。(1)自由・平等・定期的な選挙があること、(2)人々が投票権を持っていること、という2つの要件を満たせば、民主主義とみなします。 この(1)・(2)に、(3)市民的自由が確保されていること、を加えたものが「実質的定義」です。市民的自由とは、言論や報道、集会・結社、学問の自由など、人々の行動の自由に関わるものが含まれています。 自由で公平な選挙を成り立たせるためには、投票権が平等に与えられていることや誰でも自由に選挙に出馬できること、候補者が現政権や対立候補を批判でき、メディアが自由に報道できること、などが必要です。民主主義にとって、「市民的自由」は欠かせないものです。 Q2 民主主義が危機に瀕しているといわれます。この背景にはどのような要因があるのでしょうか?市原 今、危機に瀕しているのは「市民的自由」です。背景には、民主主義下で選挙に勝利することが目的化し、手段を選ばなくなったことがあると思います。 例えば、民主主義国家であるインドでは、イスラム教徒をはじめとするマイノリティーに対する人権侵害や差別が深刻化しています。2019年に市民権法が制定され、イスラム教徒以外の不法移民には市民権が与えられました。モディ首相が、母体であるインド人民党(BJP)の支持を盤石にするために、それまで政治的に動員されていなかった低カーストのヒンドゥー教徒を含めた多数派のヒンドゥー教徒による支持を取り込むためです。 政府による人権侵害を批判するメディアや研究者、NGOは、政府から圧力をかけられています。身に覚えのない脱税容疑でNGOの銀行口座が差し押さえられたり、閉鎖に追い込まれたりしています。 インドネシアでは市民社会が圧力を受けてNGOの活動が縮小させられ、フィリピンでは政権批判を辞さないニュースサイト『ラップラー』が当時のドゥテルテ政権に事業免許を取り消されるなどしました。 このように「民主主義の危機」とは、市民的自由が大きく損なわれる「自由主義の危機」とも言い換えられます。 米ハーバード大学の政治学者のスティーブン・レビツキーとダニエル・ジブラットは『民主主義の死に方』(新潮社)で、「民主主義のガードレールが壊されている」と表現しています。ガードレールとは、民主主義を支える上で重要な「寛容」や「自制心」などの慣習を意図しています。つまり、法や制度という明白なものが壊される以前に、寛容さや自制心が弱まることで、民主主義自体が脅かされているということです。民主主義や自由主義の危機にはこうした要因があるのでしょう。