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今後は指導者?それとも別の道?サッカー元日本代表・内田篤人リスタートの道

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指導者の道へ進むにはライセンスの壁も…

9月14~16日にかけて千葉・幕張のJFA夢フィールドで行われたU-19日本代表合宿。今季J1で活躍している斉藤光毅(横浜FC)や荒木遼太郎(鹿島)らの一挙手一投足を真剣な眼差しで見つめている新たな指導者がいた。日本サッカー協会から「ロールモデルコーチ」という新たな役職を託され、合宿全日程に帯同した内田篤人だ。 【合宿期間を通してフル稼働、時には選手を一喝する場面も】 「これからの道? ユーチューバーにはならないですね。長友(佑都=マルセイユ)さんとかがやってますけど、僕はやらないですね。いろいろ選択肢はありますけど、1つ2つを選ぶのはまだ早いかな。どこにでも行けるような仕事を選んでいきたい。具体的には決まってないけど、自分はサッカー(関連の仕事)しかやれる自信がないですね」  8月24日の引退会見では冗談交じりにボンヤリとした未来像を口にしていた彼だが、2008年北京五輪代表時代の恩師であり、清水東高校の先輩でもある反町康治技術委員長からの今回の申し出を受け、「ぜひやってみたい」と即答したのだという。 「まだ彼は指導者ライセンスを持っていないので、本格的な指導はできないですけど、協会が掲げている育成年代や普及活動に本人は非常に興味があると。彼自身もそういうところを通って世界に羽ばたいた人間。『CL決勝とJリーグは別のスポーツ』だと引退会見でも言ってましたけど、それを私が言うのと、CLベスト4経験者の内田篤人が言うのとは全然違う。それを身と言葉を持ってどんどん発信してもらいたい。指導者になるかどうかはまだ何とも言えないけど、チャンスを与えたいし、貴重な経験を生かしてもらいたい」と反町氏も力強くエールを送っていた。  こうした期待に応えるべく、内田氏は合宿期間を通してフル稼働した。通常、スタッフは13日から宿舎入りしてミーティングに参加するが、彼もそこから帯同。初日から一番にグランドに出て道具を運び、準備を手伝い、アップする選手の近くに寄って動きをじっと見つめ、紅白戦では自ら線審も買って出た。  U-19のアジア最終予選が2021年にズレ込んだこともあり、今回はまだチーム作りの真っ只中。メンバー選考途中ということで、選手同士も本音でぶつかり合えない部分があった。その弱点をすぐさま見抜いた内田氏は「そんなんじゃ周りに意思が伝わらない」「世界を目指すならもっと要求しないとダメだよ」と選手を一喝。ミーティングでも世界トップレベルとは何たるかを冷静な口ぶりで語っていたという。  実際にボールを蹴って見せる場面もあったが、名古屋グランパスで試合に出ている成瀬峻平ら右サイドバックよりはるかに精度の高いクロスを入れていた。 「(シャルケにいた)自分が普通のプレーをしていたらいる意味がない」と口癖のように言っていた内田氏は普通のJ1レベルだったら十分できる状況でユニフォームを脱ぐことを選んだ。そのプライドと技術の高さを若い選手たちはまざまざと見せつけられたのではないだろうか。  横浜FCで日頃からカズ(三浦知良)、中村俊輔、松井大輔ら元日本代表の偉大な面々とともにプレーし、薫陶を受けている斉藤光毅でさえ「内田さんからは『1つ1つのプレーにこだわらないと上に行けない』『覚悟が足りない』と言われて、そういう自覚を持たないとダメだと改めて感じました」と神妙な面持ちで語っていた。U-19の影山雅永監督や上から視察した日本代表の森保一監督からも「指導を学ぼうという姿勢が素晴らしい」と絶賛されており、「ロールモデルコーチ」としての第一歩は想像以上に手ごたえがあったと言ってもいいかもしれない。 【指導者の道へ進むにはライセンスの壁も】  ただ、内田氏がこのまま協会所属のコーチの道を歩み続けるかどうかはこれからの判断になる。というのも、反町技術委員長が言うように、指導者ライセンスの問題があるからだ。  現行の協会指導者ライセンス制度は、Jの監督になれるS級を頂点に、A級コーチジェネラル、A級コーチU-15・U-12、B・C・D級とキッズリーダーがあり、Jリーガーの場合は現役のうちからオフシーズンなどの講習会に通ってC級から取得できるようになっている。だが、長く海外にいた内田氏はそのチャンスがなく、鹿島復帰後もケガのリハビリなどに追われて参加する時間が取れなかった。  32歳での現役引退は日本代表クラスでは早い方だが、今からC・B・A・Sと上がっていくのは至難の技。今年のS級ライセンス講習会を受講中の鹿島の先輩・柳沢敦氏(現同ユースコーチ)も2014年末の引退後、6年がかりで最高峰指導者を取るところまで辿り着いている。  こうした制度に対し、本田圭佑(ボタフォゴ)は「プロの世界に指導者ライセンスはいらない」と主張している。確かに彼や内田氏のように欧州トップリーグで活躍したワールドカッププレーヤーは何らかの便宜が図られてもいい。とはいえ、運動生理学や心理学、コーチング法など体育大学出身者であれば勉強しているような基本は習得はしなければならない。内田氏も本田も吉田麻也(サンプドリア)も頭がいいのは間違いないが、高卒であるがゆえに講義は受ける必要はある。今回のU-19日本代表合宿での指導を通して、ライセンス取得にじっくり取り組む覚悟を内田氏が持てたかどうか。そこは改めて聞いてみたいものである。  そんなハードルはあるものの、つねに冷静沈着で「言うべきことは言う」タイプの彼だけに、指導者として活躍できるポテンシャルは大いにありそうだ。実際、彼は日本代表では岡田武史(FC今治代表)、アルベルト・ザッケローニに教わり、鹿島時代にもパウロ・アウトゥオリ(ボタフォゴ監督)、オズワルド・オリヴェイラといったブラジル屈指の知将にサッカーを学んだ。さらにドイツでは鬼軍曹のフェリックス・マガトを筆頭にさまざまな指導者を間近で見てきた。  とりわけ、シャルケ終盤に関わった3つ年上のドメニコ・テデスコ(スパルタク・モスクワ)に対しては「今までの監督と全然違う戦術であり理論家」と話していたことがある。サッカー選手の経験はなく、印刷工場で働きながら指導者経験を積み、頭角を現した同世代のトップ監督に触れたことで、少なからず刺激を受けたことだろう。そういう世界のコーチング理論や経験を現場に生かしてくれたら、やはり日本サッカー界にとってプラスなのは間違いない。 「彼ならばメディアに引くてあまただと思う」と反町委員長も話していた通り、この先は解説者やタレント的な仕事もこなしていくのだろうが、最終的にはJリーグクラブや日本代表を率いるような人物になってくれれば理想的。今後の道のりがどうなっていくのか非常に興味深い。 取材・文/元川悦子 長野県松本深志高等学校、千葉大学法経学部卒業後、日本海事新聞を経て1994年からフリー・ライターとなる。日本代表に関しては特に精力的な取材を行っており、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは1994年アメリカ大会から2014年ブラジル大会まで6大会連続で現地へ赴いている。著作は『U-22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日』(小学館)、『蹴音』(主婦の友)『僕らがサッカーボーイズだった頃2 プロサッカー選手のジュニア時代」(カンゼン)『勝利の街に響け凱歌 松本山雅という奇跡のクラブ』(汐文社)ほか多数。

@DIME編集部

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