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好きな絵本を開くと夢や希望が見えてくる

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Book Bang

 朝目覚めると、公園まで散歩する。広々とした原っぱの奥に木立があり、小川が流れている。私はひとり太極拳をして深呼吸。ひっそりとした公園がここ数か月間はとてもにぎやかだった。子どもたちの姿が増えたのだ。  親子でサッカーボールを蹴り合う男の子、家族でジョギングする姿。毎朝パパと訪れ、木陰でおにぎりやサンドイッチを食べる幼い姉妹もいた。どの子も最初は元気にはしゃいでいたが、日が経つほどにどこか寂し気に見える。やはり学校や保育園へ通って、友だちと思いきり遊びたいだろうと胸が痛くなった。  そんなとき近くの書店で見つけたのが荒井良二さんの新作だ。扉を開けると、水平線をのぞむ入江の風景が広がり、船が通るのを待つ子どもたちがいた。  入道雲が湧く夏の海、野原にひそむ猫、真っ白に雪化粧した校庭。街の風景や移ろう季節の中で子どもたちはいつも何かを待っている……。あざやかな色の絵筆で音楽を奏でるように描かれた絵本を眺めていたら、あの子たちの笑顔が目に浮かんだ。  あたりまえの日常が失われてしまう恐怖と悲しみ。その渦中で絵本の力を実感したのは東日本大震災のときだった。岩手で立ち上がった絵本プロジェクトと出合い、被災地へ絵本を届ける活動に同行したことがある。  津波で甚大な被害を受けた三陸沿岸の保育園を訪ねると、子どもたちは目を輝かせて大好きな絵本を選ぶ。「この本、おうちにあった」「先生に読んでもらった!」と喜ぶ顔を見て、周りの大人も励まされるようだった。  震災後、荒井さんは『あさになったのでまどをあけますよ』という絵本を描いた。窓を開けるといつもと変わらない風景があり、何気ない日々の繰り返しの中にこそ生きる喜びがあることを気づかせてくれる作品だ。  そして今年6月刊行の本書には、絵本を描く原点となった思いも込められている。きっかけは大学生のときに手にした長新太さんの『ちへいせんのみえるところ』という不思議な絵本。荒井さんは巻末でこう綴っている。 〈いまだにぼくは、この地平線の見える風景の中にいて、優しさや不安や笑いや寂しさや怖さや希望の風に吹かれている。そう、まるでこどもの時のぼくがそうして立っているように〉  顧みれば私も幼い頃から絵本が好きで、本を書く人になりたいと夢見ていた。今は先の見えない不安を抱えていても、好きな絵本を開くことで希望や夢も見えてくる。それは子どもたちだけでなく、大人たちの心も開く大切な扉になるのではと想う。 [レビュアー]歌代幸子(ノンフィクション作家) 新潮社 週刊新潮 2020年7月30日風待月増大号 掲載

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