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三菱ファンの悲しみに比べればスバリストは幸せ! ランエボ10世代に渡るスバルとの闘いの歴史を振り返る

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7)ランサーエボリューションVII

 2001年、ベースモデルがフルモデルチェンジ。WRXは2代目の丸目顏となって人気が失速するなか、四駆システムの電子ハイテク化はさらに進み、「アナログ的インプvsデジタル的エボ」という対決構図イメージが広まる。筆者は茂原サーキットでエボVIIの旋回性能の凄まじさに仰天。手アンダーを出してもコーナーの外側の車輪がグイグイ内側に入っていく感覚は意外と楽しく、ウワサで耳にしたクルマが勝手に曲がってくれるという違和感は感じなかった。峠道でも、内心では当時のWRX(2代目の丸目と涙目の前期)よりも怖くないと感じ、「いつか欲しい」とまで思うにいたる。ただしランエボ初のAT仕様「GT-A」は、ほとんど印象に残ることなく消えた。

8)ランサーエボリューションVIII

 2003年発売の、いわゆる「ブーレイ顔」はクルマとしての洗練度や質感が高まった印象がとても強い。乗り心地も比較的しなやか。当時のWRX(2代目の涙目前期)の標準車は足がガチガチ路線のままだったので、エボVIIIには大人っぽさを感じた。高速域や限界領域での安定感は凄まじく高く、「スーパーAYC」に進化したハイテク四駆は旋回フィールがさらに自然な感覚に。2004年発売の「MR」ではビルシュタインダンパーを採用するなど、洗練度の高さにさらに拍車がかかる。新車情報誌の編集部員として様々な場面で試乗したが、当時のWRXの標準車(2代目の涙目後期)よりも総合力は上だと感じていた。

9)ランサーエボリューションIX

 2005年発売。可変バルタイ機構付きの4G63は持ち前の豊かな低速トルクがさらに厚くなり、3000回転以下でのトルク感は排気量アップしたかのような印象。WRCではスバルも三菱ともに往時の勢いはなく、もはや信号待ちで横に並んでもオーナー同士が火花を散らすようなことはほとんどなくなっていた。WRXもランエボも、いろんな意味で昔とは違うクルマになりつつあることを実感。  WRCではWRカーに移行してから三菱は急激に失速し、2002年シーズンにはあのトミ・マキネンがなんとスバルチーム入り。プロ野球で例えると阪神に原辰徳がやってきたような違和感があったが、マシン開発がグダグダに陥るなか、マキネンはペター・ソルベルグのサポート役としても貢献。ペターのドライバーズチャンピオン獲得を後押しする。

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