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三菱ファンの悲しみに比べればスバリストは幸せ! ランエボ10世代に渡るスバルとの闘いの歴史を振り返る

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1)ランサーエボリューションI

 発売は1992年の9月で、初代インプレッサWRXより約1カ月早かった。最高出力は250馬力で初代WRXの240馬力を上まわり、スペック上の「2リッター世界最強」の座は最初からランサーに譲るという、インプ派にとってはまさに目の上のタンコブ。ストリートでも競技でもハンドリングやボディ剛性はインプのほうが高評価ながら、すでにこの時点で「トルクはEJ20より4G63が上」という評判が広まっていたのが悔しく、インプ派の筆者は地団駄を踏んでいた。

2)ランサーエボリューションII

 発売は1994年1月で、筆者が初代WRXを買った時期とほぼ重なる。最高出力は260馬力となり、前作では課題とされたハンドリングやボディ剛性も大幅に改善されたと聞いて、パワーにおいてはますます差をつけられた(インプが260馬力になるのはこの年の10月)。WRCのグループAでもガチでバトルすることになり、1994年のランエボはシーズン未勝利に終わるも、インプレッサが初優勝を遂げたアクロポリスでは、アーミン・シュバルツが駆るランエボが2位につけるなど不気味な存在に。

3)ランサーエボリューションIII

 1995年1月発売。穴だらけのフロントバンパーと巨大なリヤウイングの威圧感は凄まじく、ド派手な黄色いボディカラーも相待って、個人的には「歴代もっともバックミラーに映るのが嫌なランエボ」として、その存在を激しく意識。GSRは生産台数が激増したことから街で遭遇する頻度も高くなり、クルマメディアも「インプvsエボ」の図式を一層あおるなど、オーナー同士の対抗心はピークに達した。  WRCでは1995年にスバルはチャンピオンに輝くものの、スバルがエンジントラブルで全滅したスウェーデンでエボIIが初優勝。スバルが得意なオーストラリアでもエボIIIに勝利を譲るなど、エボに屈辱的な敗北を喫した印象が今もなお強い。ちなみに市販車のWRXはアプライドC型まで三菱製のタービンを使っていたことも屈辱的であった。

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