おびえていた中国人通訳が豹変 機内で交渉、月給4000円から25万円へ 話の肖像画 夢グループ創業者・石田重廣<20>
《中国・天津の貿易会社からの輸入事業を支えたのが通訳の蘇建民氏。天安門事件後で当局の監視が厳しい中、蘇氏の悲願である来日に向けて尽力することになった》 蘇建民は優秀な男性で、就労ビザの申請などもろもろの書類を自分で準備するわけです。で、僕はそれらの書類を日中両国の関係先に申請する。作業についての打ち合わせは、当局の目に届かぬよう、男子トイレで並んでやりました。長い話は公園のベンチです。偶然を装って夜、時間差で同じベンチに座る。両端に離れてね。天津の夜の公園はカップルでいっぱいなんですよ。当局の監視はないだろうって。 就労ビザを取得して各種の申請も終了、後は飛行機のチケットを購入するだけとなった夜のこと。いつものように公園のベンチで待ち合わせた。「蘇建民、よかったね。飛行機のチケットは空港で買うからね」と話していたときです。警察官らしき制服の一団が公園に現れた。ザッ、ザッ、ザッと近づいてくる。蘇建民はもう真っ青です。 蘇建民は「もうおしまいだ。うちの子供と妻をよろしくお願いします」と涙を流している。蘇建民が「これまでがうまくいき過ぎたんだ。おしまいだ」と頭を抱えていたところ、一団は目の前を通り過ぎていった。蘇建民は呆然(ぼうぜん)としていましたね。それぐらい当局におびえていたんでしょう。 《無事、日本へ。奮発してビジネスクラスに乗り、飛行機内で祝杯をあげることにした》 巡航飛行になり、祝杯のグラスが運ばれたときです。蘇建民が「石田さん、乾杯の前に聞いておかなくてはいけないことがあるんです。僕の給料はどうなっていますか?」と言う。金額は忘れましたが、就労ビザの申請は確か30万円でした。そこで「いい部屋を借りたから安心して。家賃15万円は会社で持つから。月給は15万円から始めよう。昇給もあるから。中国に帰るときは出張手当も出すよ」と答えたんです。 で、何が始まったか。蘇建民がいきなりバーンとテーブルをたたいたんです。「バカにしないでください! 30万円で申請したじゃないですかっ!」と怒声です。あっけにとられました。「家賃は?」「家賃は働くんだから会社の負担ですよ。30万円ください」「全部で45万円、経理が許すわけないよ」「あなたの会社のために働くんです。先行投資をするのは当たり前です」。まったくらちが明かない。ちなみに蘇建民の中国での月給は4000円だったんですけど…。 祝杯どころじゃなくなりました。「もう帰ってほしいな」と思っていたら、蘇建民が「仕方ありません。25万円で妥協しましょう」って。もう分かったよ、となりました。
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