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「ハマスホイとデンマーク絵画」展に見る、デンマーク絵画の静謐な詩情

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美術手帖

 身近な人物の肖像、風景、そして静謐な室内をテーマにし、「北欧のフェルメール」と称されているデンマークを代表する画家ヴィルヘルム・ハマスホイ(1864~1916)。その日本で12年ぶりの展覧会「ハマスホイとデンマーク絵画」が、1月21日に上野の東京都美術館で開幕した。  1997~98年、パリのオルセー美術館とニューヨークのグッゲンハイム美術館でハマスホイの回顧展が開催され、それがハマスホイの再評価の大きな契機となった。日本では2008年に国立西洋美術館で展覧会が開かれ、国内で大きな注目を集めたことは記憶に新しい。  開幕にあたり、同館の学芸員・髙城靖之は本展のキュレーションについてこう語っている。「1990年代以降、ハマスホイを同時代の象徴主義という文脈のなかでとらえた展覧会が非常に多かった。しかし今回の展覧会では、象徴主義のような国際的な流れではなく、ハマスホイが生まれ育ったデンマークに焦点を当て、19世紀以降のデンマーク絵画の流れからその画業を紹介します」。  会場構成は、「日常礼賛――デンマーク絵画の黄金期」「スケーイン派と北欧の光」「19世紀末のデンマーク絵画――国際化と室内画の隆盛」「ヴィルヘルム・ハマスホイ――首都の静寂のなかで」の4章。1~3章では、ハマスホイが生きた同時代の画家を紹介。4章は、ハマスホイの作品のみで構成されている。  まず、ハイライトとなる第4章を見てみよう。ハマスホイは「室内画の画家」として広く知られている。しかし、画業の初期には肖像画や風景画にも意欲的に取り組んでいた。本展では、主にハマスホイが描いたその3ジャンルの作品が紹介されている。  肖像画のなかで注目したいのは、ハマスホイが油彩を使って描いた最初の自画像や、妻のイーダと結婚したあと、新婚旅行先のパリで描いた《画家と妻の肖像、パリ》(1892)だ。イーダは以降、ハマスホイの室内画のモデルになり、その画業に欠かせない存在となった。  《農場の家屋、レスネス》(1900)や《ライラの風景》(1905)は、ハマスホイが晴朗な夏空を描いた風景画でも、高い完成度を誇っているもの。1900~05年頃まで描かれた風景画のなかには、画家が光に対する高い意識や、光と影の繊細な相互作用が見えるものが多い。  1898年、ハマスホイはコペンハーゲンのストランゲーゼ30番地に移住。その後、住居の室内をモチーフに、《室内――開いた扉、ストランゲーゼ30番地》(1905)や《室内――陽光習作、ストランゲーゼ30番地》(1906)など一連の作品を発表し、国内外からの名声を高めた。  本展の珠玉とも言える《背を向けた若い女性のいる室内》(1903-04)は、その時期に描かれた作品のひとつだ。ピアノの上に置かれたパンチボウルと、後ろ向きの女性は、洗練された幾何学的な画面を構成しており、清澄な空気を漂わせている。また会場では、作品に描かれている、ハマスホイが所有していたパンチボウルと銀色のトレイも本作とともに展示。それらが同じ空間に展示されるのは、ハマスホイが作品を描いて以来初めてだという。  1909年の秋、ハマスホイはブレズゲーゼ25番地に移住し、《ピアノを弾く妻イーダのいる室内》(1910)や《カード・テーブルと鉢植えのある室内、ブレズゲーゼ25番地》(1910-11)などの代表作を発表。とくに後者では、洗練された造形感覚と画家の感性が融合し、ハマスホイ晩年の室内画のなかで、完成度のもっとも高い作品のひとつと評価されている。  そんなハマスホイの制作背景を知ることができるのが、冒頭の第1章だ。第1章では、1800~64年までの、いわゆる「デンマーク絵画の黄金期」の作品が紹介されている。同時代の風景画では、画家たちが郊外で自然の直接的な観察を通し、デンマークの風景を描写。肖像画では、形式ばった表現を打破し、モデルの親密な描写へと移行していく。  本展では、ハマスホイが敬愛したクレステン・クプゲが、自身の生活の場をモチーフに描いた《ランゲリニェと軍港を望むカステレズの風景》(1832)や《パン屋の傍の中庭、カステレズ》(1832頃)など風景画を紹介している。  また、ハマスホイが後に所有していた、コスタンティーン・ハンスンの《果物籠を持つ少女》(1827頃)やダンクヴァト・ドライアの《自画像》(1838)も本章で展示。ハマスホイの自宅に飾っていたこれらの作品は、そのスタイルの確立にも影響を与えただろう。  1870年代の画家たちは、デンマーク北端の漁師町・スケーインを発見し、その独特の自然環境や、そのなかで生活している漁師たちの日々の労働に魅了された。80年代以降、多くの画家がスケーインを訪れ、そこに「スケーイン派」と呼ばれる画家のグループが誕生。第2章には、そんなスケーイン派の画家たちによる作品が集まっている。  印象的なのは、ミケール・アンガが海難救助に向かう漁師たちの姿を大画面に描いた《ボートの漕ぎだす漁師たち》(1881)。漁師たちの英雄的な姿を描いた本作は、コペンハーゲンに住む人々が漁師町に抱くロマンティックなイメージと重なり、アンガの名声を大いに高めた。  19世紀末のデンマークでは、画家が家庭的な場面を暖かみに描いた絵画が人気を博した。第3章では、このような幸福な家庭生活のイメージを通して「ヒュゲ(hygge:くつろいだ、心地よい雰囲気)」をつくりだした作品は、大きな存在感を示している。  その代表作としては、ハマスホイの友人であったヴィゴ・ヨハンスンの《きよしこの夜》(1891)が挙げられる。本作では、画家の妻とその幼馴染、そして夫婦の6人の子供が、クリスマス・ツリーを囲んでいる姿を描写している。  加えて、本章では女性の後ろ姿を描いた室内画も展示。ラウリツ・アナスン・レングの《遅めの朝食、新聞を読む画家の妻》(1898)や、カール・ホルスーウの《読書する女性のいる室内》(1913以前)、そしてハマスホイの妻・イーダの兄であったピーダ・イルステズの《ピアノに向かう少女》(1897)《縫物をする少女》(1898-1902)などがある。  会場には、「私はかねてより、古い部屋には、たとえそこに誰もいなかったとしても、独特の美しさがあると思っています。あるいは、まさに誰もいないときこそ、それは美しいのかもしれません」といった、ハマスホイの言葉が並ぶ。その詩情と同時代の画家の画業を、ぜひ会場で目撃してほしい。

 

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