建築家・中村拓志の人生を変えた傑作住宅が北欧・フィンランドにあった!巨匠アルヴァ・アアルトが設計した「マイレア邸」の魅力を自身で解説
建築家の中村拓志さんがその建築家人生を大きく変えた存在という建築がフィンランドに立つ「マイレア邸」。巨匠、アルヴァ・アアルトとアイノ・アアルトが設計し、住宅建築の傑作といわれるこの住宅の魅力を中村さんが自ら語ります。 【写真集】建築家・中村拓志が感動した!北欧の巨匠アルヴァ・アアルトの傑作「マイレア邸」
光を求めて
北欧の建築を理解するとき、冬季の日照時間が与える影響は大きい。この時期はうつ病の発症率が高く、ビタミンDの錠剤が手放せない。それゆえ窓は冬の朝日をできるだけ早く、可能ならば日没まで取り入れること。 そして日光を室内全体に拡散する白壁が原則となっている。マイレア邸のミュージックルームを含むリビングは冬至の朝日を迎え入れるように南から30度ほど東に傾いていて、全面ガラスのコーナー窓を有している。この朝日の歓喜と夕暮れの惜別が、それと並行に走るリビングの暖炉脇の壁や書斎の壁の奥く深くまで、水平の影として走ることで、この家は劇的で情感にあふれた時刻性をもっている。
ふるまいの建築
エントランスキャノピーは、執事が傘を差し出すかのように、柔らかな有機的な形状で出迎えてくれる。ホールに入ると、ドアを開けた時の風で頭上のカルダーのモビール彫刻が帰宅を歓迎するかのように回りだし、正面の白い曲面壁の向こうのダイニングに到着を知らせるだろう。アートと暮らしの幸福な融合である。その壁は柔らかな曲線を描き、向かって左の階段に人を招く。 暖炉に真っ直ぐに伸びる壁に誘われて目線を上げると、揺れる火が、凍える自分におかえりと語りかけてくるのである。外の玄関ポーチに林立していた皮付きの苗木が、今度は下端高さの異なる皮剥き丸太として白い壁の前に吊るされている。 今しがた通ってきた雪の大地の松林、あるいはフィンランドの原風景のように見える。具体的な自然から抽象的な自然へと転換しながら、木立が建物を貫通して中庭の先の森へと溶けていくのである。このコンセプトは森と接点を持つ全ての部屋に展開する。
日本的建築へのヒント
夏の日、暖炉裏に大きな二本引きの建具を収納すると、中庭とリビングがつながる。中庭はテーブルや暖炉を擁する軒下空間、ロッジアに囲まれて、まるで内部のようだ。 冬の日はどうだろう。アアルトは、本来日本では軒下に展開するプランターと縁側を、極寒の地に合わせてリビングの室内側に反転して設けることで内外の曖昧性をつくり出し、冬季の閉塞的な暮らしを明るく陽気なものに変えている。 建物全体の構成としては、白いキュービックなL型のモダニズム建築をベースとして、そこに木とガラスの正方形のボリュームが嵌合し、さらにマイレの書斎やサウナ小屋、エントランスキャノピーといった自然素材の外壁による有機的な形態が取り付き、建築緑化がそれを覆う。つまり先端にいくほど建物が自然に溶けていく構成となっている。そして素材もまた同様に、四角いタイルや切石が、板状節理の自然石、そして丸い自然石となって溶けていく。これは、「真・行・草」といわれる、形態や素材の段階的移行によって、内と外、人工と自然、抽象と具象を往還する和の作法であり、アアルトにおいては、モダニズムと地域主義を調停し、無機質な機能的建築から人間性を回復する手法でもあった。