2022年もアニメ映画が絶好調 だからこそ考えたいオリジナルアニメ映画の重要性
唐突ではあるが、1つクイズを出したい。 「日本で歴代最高興行収入を記録した映画のタイトルは?」 【写真】スマッシュヒット中の『ククルス・ドアンの島』 この答えはもちろん、2020年に公開され、社会現象となった『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』である。正解がすぐに思い浮かぶ人も多いだろう。 では、「その監督は誰か?」と問われると、途端に答えが浮かばない人がほとんどではないだろうか。正解は外崎春雄監督だが、この名前に聞き覚えがないという映画ファンも多い。日本歴代興行収入1位の作品の監督の名前が多くの人に知られていない。これはアニメ映画界が抱える大きな問題であり、今回はこの点について考えていきたい。 2022年もアニメ映画の興行成績は好調だ。『名探偵コナン ハロウィンの花嫁』が80億円を突破したほか、『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021』や『映画クレヨンしんちゃん もののけニンジャ珍風伝』なども、20億円以上の大ヒットを達成するとみられている。 毎年お馴染みのシリーズ映画以外にも、興行成績ランキングを眺めると毎週のようにアニメ映画がランクインしている。『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』は割引が効きづらい特別興行でありながらも、初登場3位にランクインするなど、多くのファンに愛されていることを証明した。 そして、驚かされたのが5月20日に公開された『映画 五等分の花嫁』。公開館数は100館強と決して大規模とは言い難いものの、多くの観客が足を運んだことで興行収入ランキングでは初週2位を記録、その後も順調に数字を伸ばし、観客動員数は100万人を突破。その勢いはまだまだ止まらず、どこまで興行収入を伸ばすのか注目されている。現在のところ、2022年の映画興行を語る上で、1番のサプライズヒットと言えるかもしれない。 このアニメ映画大ヒットの流れは近年続いており、2021年を振り返れば『劇場版 呪術廻戦 0』、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』、『名探偵コナン 緋色の弾丸』、『竜とそばかすの姫』など、上位をアニメ映画が独占した形だ。今や日本の映画興行を語る上で、アニメ映画は欠かせない大きなコンテンツとなり、今後は世界展開も含めて、さらに影響力を増していくことは間違いないだろう。 しかし、そのような明るいニュースが多い中で、苦戦を強いられているのがオリジナルアニメ映画だ。上記で挙げた2022年のヒット作は、いずれも原作の人気が定着しており、固定ファンがしっかりと根付いている作品ばかりである。 今年2月に公開された『グッバイ、ドン・グリーズ!』は、220館での公開ながら初週の興行収入は3500万円程度。またNetflixで先行公開された『バブル』は、338館で初週6500万円程度と、苦戦を強いられている。 もちろん「興行的に失敗しました」だけでこの記事は終えられない。筆者は、この現象にこそ日本のオリジナルアニメ映画の興行の難しさと、課題が浮き彫りになっていると考えている。 『バブル』の監督を務めた荒木哲郎は、代表作に『進撃の巨人』のテレビアニメシリーズなどがあり、実績も十分。いよいよ大きな舞台に羽ばたくために、今作を制作したと考えられる。読者の中には『進撃の巨人』をご存知の方も多いだろう。しかし、その監督が荒木哲郎であることを知る人は、もしかしたらアニメファンの中でも少ないかもしれない。 そのことを踏まえながら改めて2022年のヒットアニメ映画を振り返ると、作品のファンであっても、監督の名前を答えられないことに気がつくのではないだろうか。もちろん、観客は人気原作の映像化や、推しキャラクターの活躍を観ることに楽しみを見出しているわけで、“監督の作品”を観にきているわけではない、という反論もあるだろう。 しかし、これが実写洋画や邦画であればどうだろう。「MCUの新作の監督はサム・ライミだからホラー要素が強そうだ」と語られるように、人気のあるシリーズ作品であっても、制作した監督の作家性や個性に触れることが、ファンの間では当然のように行われている。アニメ映画の場合、実際にヒットした作品ですら、スタッフはもちろん、制作者の代表である、監督の名前すら知られていない可能性が高い今の現状が、健全だとは思わない。 優れた映画監督たちを、より前面に押し出すにはオリジナル作品が重要だ。宮崎駿や細田守、新海誠などの、現在のアニメ映画のスター監督・演出家もオリジナル作品も多く手がけることで、その名を一般層に広めていった。今やアニメ映画に興味がなくても宮崎駿、細田守、新海誠の作品だから映画館に行く、という人々が多いからこそ、国民的監督として評価されている。そして同じような次代のスター監督の候補が、日本にはたくさん存在しているのだ。 今、日本のアニメ界では30代、40代の実績も十分なアニメ監督、演出家が豊富だ。『グッバイ、ドン・グリーズ!』の監督を務めた、いしづかあつこは『宇宙よりも遠い場所』などの代表作もある。他にも2019年に『空の青さを知る人よ』を発表した長井龍雪、2021年の『アイの歌声を聴かせて』の吉浦康裕なども思い浮かぶ。今後も石田祐康の『雨を告げる漂流団地』であったり、あるいは2023年公開になるが、アヌシー国際映画祭で発表された『Garden of Remembrance』の山田尚子など、日本には多くの才能ある監督・演出家が存在している。 オリジナルアニメ映画には、大きな可能性が秘められている。2019年に公開された『プロメア』は15億円を超える興行収入を記録。2022年にも公開3周年を記念して11館で復活上映が行われ、多くのファンが駆けつけた。 オリジナルアニメ映画のヒットは、新たなる人気タイトルやキャラクターを生み出すだけでなく、スタジオジブリのように制作スタジオや、主要なクリエイターの知名度を上げ、ブランド化することができる。そのためにもオリジナルアニメ映画は必要である。 興行収入でアニメ映画を語ると50億、100億という派手な数字がどうしても先行してしまう。そしてそれらも結果の1つである以上、重要な指標だ。だが、そういった数字を記録できる宮崎駿、細田守、新海誠なども、初めからスターとして存在していたわけではない。 宮崎駿やスタジオジブリですらも『天空の城ラピュタ』や『風の谷のナウシカ』の興行結果が、現代の評価に比べると派手な結果でなかったことも知られている。細田守の初期作である『時をかける少女』も公開時は7館のみと少数であり、新海誠も『君の名は。』以前は有力な監督としてアニメファンから注目を集めていたものの、一般層への知名度は決して高かったわけではない。スター監督のフィルモグラフィーを見返しても、最初から順風満帆なはずはない。 「日本のアニメは素晴らしい」という言葉を最近よく聞くようになった。そのことに、筆者も同意する。一方でアニメーターをはじめとしたクリエイターの労働環境の問題が叫ばれて久しい。それをファンがすぐに解決するのは難しい。しかし、1つの作品の興行結果だけで一喜一憂したり、嘲笑するのではなく、そのクリエイターが何を為してきたのかに興味を持ち、名前を覚えることこそが、簡単にできる応援の方法ではないだろうか。
井中カエル