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日米を巻き込んだ騒動の末、メジャー移籍した伊良部秀輝。そのときのイメージが…/日本人メジャーの軌跡

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メジャー・デビューは1997年7月10日。本拠地ヤンキー・スタジアムでのタイガース戦だった。発表された観衆は5万1901人。この年ヤンキー・スタジアムの観客動員数は3万人あまりだったから、伊良部に対する地元ファンの期待ぶりが分かる。

「そんな大昔のことは覚えてないね」

 10対2とリードした7回二死走者なしで降板。投球数は「99」。7回を投げ終えて交代してもよかったはず。あえてイニングの途中で代え、観客のスタンディングオベーションを受けさせてあげようというトーリ監督の配慮だったのではないかと思っている。結局6回2/3を5安打、2失点で勝利投手。メジャーで幸先のよいスタートを切った。  もっとも、この日を迎えるまでには日米球界は大騒動に見舞われた。伊良部がメジャー移籍熱望を表明したのは1996年のオフ。廣岡達朗GMらロッテ球団首脳との確執が一因とされている。伊良部の所有権は球団にあったのだが、最終的に球団はメジャー移籍を容認する。ただし、業務提携したパドレスへのトレードであった。  伊良部はパドレス移籍を拒否。人気球団のヤンキース入りに固執した。最終的にロッテ、パドレス、ヤンキースとの三角トレードとなり、5月29日に伊良部のヤンキース入団が決まった。近鉄を任意引退になってメジャーに移籍した野茂の場合、日本球界で問題になった。それに対して伊良部の場合はアメリア球界も巻き込んだ。実際、パドレスからロッテに、ヤンキースからパドレスにトレードされた選手たちが影響を受けたわけだ。  我を通した伊良部に対し嫌悪感を抱く者は少なくなかった。パドレスの主砲・グウィンは「パドレスに来たくないのなら来なくていい。ヤンキースに行きたければ行けばいい」と、突き放すようなコメントをしていた。  伊良部がエクスポズに在籍していた2000年、5月26日にサンディエゴのクアルコム・スタジアムで先発した試合を思い出す。サンディエゴで登板した唯一の試合だった。このとき、球場内のスクリーンにはパドレス移籍を拒んだことが紹介され、観客からはブーイングが飛んだ。最初についたイメージは根強いものだ。やはりサンディエゴで伊良部は完全に敵役だった。球場のこの反応に伊良部は「そんな大昔のことは覚えてないね」と、淡々とした口調で言っていたものだ。(文中敬称略) 『週刊ベースボール』2020年10月12日号(9月30日発売)より 文=樋口浩一 写真=Getty Images

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