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大阪とコロナ禍の軌跡、危機に直面した府職員がとった行動は

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Lmaga.jp

1月に初めて新型コロナウイルス感染症の感染者が日本国内で確認されて以来、先陣を切って対策をとってきた大阪府。6月1日に緊急事態宣言が全面解除されるいま、吉村洋文知事を陰で支えた立役者、健康医療部の藤井睦子部長の証言をもとに、大阪府の歩みを振りかえった。 【写真】想定されていた医療崩壊へのフェーズ

「コロナ発生当初から、吉村知事と健康医療部は強い危機感が一致」

1月16日に国内で初めてコロナの陽性者が確認されると大阪は24日にいち早く「大阪府新型コロナウイルス対策本部」を設置し第1回の会議を実施した。 当時のことを藤井部長は、「最初のコロナの印象は、よくわからないウイルスが入ってきたというもの。日本に入ってきてから知事自身、強い危機感や意識を持っていて、それは健康医療部と一致していた。最初に対策本部会議を開きたいとおっしゃったのは知事。このころから知事とは一貫して情報を共有し、意見交換し、対策を議論していた」と語る。 その後、29日に初めて府内でコロナ陽性者が確認されると、ひとりに対する行動歴を公開するなど、強い危機感を持った対策を講じてきた。 2月に入ってから大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」号での集団感染が確認され、さらに危機感は強くなる。府では中国・武漢市や海外からの帰国者など、感染疑いのある人の外来受診の呼びかけやPCR検査体制と医療体制の強化に取り組み始めた。 このころの、検査受け入れ態勢も1日40件から2月後半には90件に強化しており、府内では2月27日に2人目、28日には1日で2人確認され、これ以降ぽつぽつと陽性者が現れ始める。 この2人目の陽性者が、2月15日にライブハウスで発生したクラスター(集団感染)による感染であったことが判明すると、府は国のクラスター班と協力して新たな感染者がいないか追跡。陽性者を隔離、治療するという「しらみつぶし」ともいえる地道な対策をとった。 この頃から、コロナが感染から発症まで約2週間の潜伏期間があり、その間もウイルス感染が広がることが分かってくる。 3月2日からは学校園の休校を決定。中旬になると、健康医療部では感染経路不明の新規陽性者が、大阪府だけでなく隣接する兵庫県からも確認されていることに対し、「爆発的な感染拡大につながることを危険視した」という藤井部長。 すぐに吉村知事と情報共有し、兵庫と大阪の往来自粛の必要性を議論。3月19日には、翌20日からの3連休中、兵庫県と大阪府の不要不急の行き来を自粛するよう呼び掛けた。これが、府が府民に対して初めて外出自粛要請を出したときだ。

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