「自分のお尻から内視鏡」「人肉食のカロリー研究」イグノーベル賞、独創的な研究
「カロリー量」計算から動機を研究
そこで、今回イグノーベル賞を受賞したコール氏は、過去の文献をもとに、詳細な人体のカロリー量を計算しました。下の表は、ヒト及び先史時代の人間の獲物になっていた動物の筋肉1キロあたり、および1個体あたりのカロリーです(論文より一部抜粋)
その結果、人肉は重量当たりでも1個体当たりでも、他の動物と比較して、カロリーに乏しい食べ物であると推察されました。 また、人間1個体の犠牲で成人男性25人が生き延びられる日数を、先述の9遺跡に住んでいた先史人類現生人類と先史時代に獲物だった動物との間で比較しました。9遺跡の人類の中で最も肉量が多かった、Caune de l’Argo(カルネ・デ・アラゴ)遺跡の人類(ホモ・エレクトゥス)の肉で9.85日、少なかったGran Dolina(グラン・ドリナ)遺跡の人類(ホモ・アンテセッサー)の肉で1.45日、現代人の肉に至っては0.54日しか生き延びさせることが出来ないことが分かりました。 一方でマンモス1頭分の肉は60日、家畜ウシの祖先でも16.32日生き延びさせることができることが分かりました。(すべて現代人男性が食べた場合。先史人類はさらに消費カロリーが多いので生き延びられる期間は短くなる)。 このように、人体は他の多く動物の肉に比べ、少なくともカロリーベースでは明らかに純粋な食料としての魅力に乏しいことが分かりました。にもかかわらず、少なくない数の人肉食の痕跡が見つかるのはなぜでしょうか。 ここからは私の推測ですが、もしかすると、当初想定していたよりも文化的、社会的な動機による人肉食が多かったのかもしれません。それが死者を敬う気持ちから生まれたものなのか、嗜好や憎しみによって生まれたものなのかまでは分かりません。ともあれ、ジェームス・コール氏の研究は、人肉食の動機研究に、より包括的な議論のための一つの基準を与えてくれたといえるでしょう。 イグノーベル賞の受賞基準は「人を笑わせ、そして考えさせる」というものでした。今回紹介した2つの研究は、単に独創的なだけではなく、詳しく知るほど考えさせられる研究だったのではないでしょうか。
◎日本科学未来館 科学コミュニケーター 福井智一(ふくい・ともかず) 1977年、大阪府生まれ。専門は生物学。大学での研究員勤務の後、青年海外協力隊としてケニアで野生生物保護に従事。その後野生動物写真家としての活動などを経て、2015年より現職。趣味はブラジリアン柔術