井上芳雄×小池栄子インタビュー こまつ座『日本人のへそ』上演にむけて
当時井上先生が経験したすべてがこの戯曲に詰まっている
劇作家・井上ひさしの出発点となる戯曲、『日本人のへそ』が10年ぶりに上演される。前回の上演に引き続いて演出を担う栗山民也の指揮のもと、このエネルギッシュな音楽劇に人気と実力を兼ね備えた魅力のふたり、井上芳雄と小池栄子が立ち向かう。日本を代表する劇作家が生み出した衝撃作への挑戦、その胸のうちにあるものとは……。 【全ての写真】『日本人のへそ』井上芳雄×小池栄子インタビュー ――井上ひさし氏の劇作の原点となる作品です。オファーを受けて、どのような点に心惹かれたのでしょうか。 井上 僕は、栗山さんが演出した2011年の『日本人のへそ』を観ているんですが、想像の斜め上を行く作品でビックリしたことを覚えています。しかも、これが井上先生の処女作なのか! と。また、今回のお話をいただいた後に栗山さんと話す機会があって、「最後の井上戯曲(『組曲虐殺』)をやったんだから、最初もやったら面白いんじゃない?」って言っていただいたんですね。そうだな、やらせていただきたいなと思ってお受けしました。 小池 私は作品の内容を知る前に、演出の方や共演の方のお名前、こまつ座さんで井上ひさしさんの戯曲……という情報を聞いただけで「やります!」と。その後に台本を読んで、「なんじゃあこりゃあ」と思いました。(一同笑)こんなすごい作品なのに、よく私、軽々しく「やります!」って言ったなあ、と。こまつ座さんの舞台は『それからのブンとフン』(13年)以来、今回が2回目なんですけど、前の時に「もっとああすればよかった」といった悔いが残っていたんですよね。だから今回はリベンジの気持ちもあって、あれから数年経っているから、今の自分に何が出来るのか……を考えての「やります!」だったんです。 ――井上戯曲の持ち味である豊かな言葉や音楽に加えて、巧みに仕掛けられた推理、どんでん返しの数々など、本当に想像の枠を超えた物語が展開します。ストリッパー“ヘレン天津”の一代記として、小池さんがヘレンを演じますが、井上さんは“会社員”役のほか、劇中さまざまな役柄に挑みますね。 井上 そうなんですよね。それも役柄の振り幅が広くて……、もう振り切っちゃってる役が多いんです。出来るか出来ないかは置いておいて(笑)、やってみたいと思えたことが大事かなと。僕が演じる役柄を前回では石丸幹二さんがやっていらして、ヘレンのお父さん役で出てくるシーンがすごいショッキングだったんですよ。え! 石丸さんがこんなことを! みたいな。それをまさか自分がやることになるとは……(笑)。石丸さんがおっしゃるには、いろんな役を演じるために違う声を使って頑張り過ぎちゃって、その後しばらく歌えなかったって。それほど大変な役なんだなと。井上先生が人生で経験されて来たこと、東北出身であるとか、吃音だとか、ストリップ小屋で座付き作者をしていたとか、そうしたものを詰め込んで、その時の井上先生のすべてがそこにある、そんな戯曲だなと感じます。世の中の底辺で懸命に生きる人々への暖かい眼差し、そういったものは最後の『組曲虐殺』に通じていて変わらないまま、こんなに盛り沢山の内容のお話でデビューしたんだな、って。先生の最後のほうの作品だけを知っていたので、タイムスリップして最初を知ったような、不思議な驚きはありますね。 小池 私も、これでも書き足りないんじゃないかなってくらい、台本から溢れ出るようなエネルギーを感じました。一見不自由で縛りのある、窮屈な世界に見えるんだけど、人物たちがすごく生き生きしていて、開放されている感じがして。とくにそれはヘレンに感じたことで、おそらく観客の皆さんはヘレンである私を通して物語を追っていくんじゃないかなと思うので、ブレずにやらないといけないなと思っています。