イチローの日米通算記録を米国は認めているのか
その波は、静かに沸き起こり、やがて大きなうねりとなって、球場全体を包んでいった。 8月15日、イチローが日米通算ながら4192安打を記録し、タイ・カッブの通算安打4191安打(歴代2位)を更新すると、スコアボードに記録のことが紹介されたわけでもないのに、敵地セントルイスのファンは、それを称えたのである。 ヘルメットをとって応えたイチローは、「戸惑った」と言いながら、言葉を継いだ。 「ここのファンは野球をよく知っているファンとしても知られているし、品格があることでも知られている。そういうことなのかなぁ。他の場所ではなかなかこうはならないと思います」 確かに、どこで達成しても祝福されるかもしれないが、街によって温度差があるのではないか。そもそも翌日の新聞で記録のことを取り上げたのは、マイアミの地元紙ぐらい。“日米通算”という条件付きである限り、複雑なものを伴う。 実際のところ“日米通算”はアメリカでどう捉えられているのか。イチローは、日米通算でピート・ローズのメジャー最多安打記録4256本にあと51 本と迫っているが、そのとき、アメリカのファン、米記者らはそれをどう捉えるのか? 米記者らに意見を聞いた。 まず、記録の位置づけだが、「公式な記録と捉えられることはない」と全員が明言した。 ニューヨーク・デイリーニュース紙のアンソニー・マッキャロン記者はこう言っている。 「ファンは、イチローがローズに並び、超えることになれば興味を持つだろう。しかし、あくまでも参考であって、公式記録と考える人はいない」 ESPN.COMのジム・ケイプル記者も、「注目すべき数字ではある」と断った上で、「全く、気にしない人もいる」と続けた。 予想された反応だが、その理由ー。多くは、レベルの問題を挙げている。 「大リーグに比べたら、日本のレベルは低い。それは事実だ」と元MLB.COMマリナーズ番記者のジム・ストリート記者。シアトル・タイムズ紙でかつてマリナーズの番記者を務めていたジェフ・ベイカー記者も、「多くの人は、日本のレベルはメジャーとトリプルAの間だと考えている」と指摘した。 元シアトル・ポストインテリジェンサー紙のコラムニストで、現在は「スポーツプレス・ノースウエスト」の主筆を務めるアート・シール記者も、「日本と大リーグのレベルは違う」と話す。 「欧州PGAツアーの勝利が、米PGAツアーでの勝利ほど高く評価されないのと同じような考え方が、根底にあるのではないか」 日本のプロ野球のレベルが、メジャーとトリプルAの間、という捉え方はたびたび耳にし、その捉え方は想定内でもあるが、レベルに関しては興味深い見方もあった。 「ICHIRO―メジャーを震撼させた男」などの著作があるボブ・シャーウィン記者は、取材に対してこう答えている。 「やはり、日本での成績は合算できない。例えば、NFLのプレシーズンゲームで新人のランニングバックが4試合で500ヤードを走ったとする。その数字だけを見れば素晴らしいが、だからといってレギュラーシーズンでも同じ活躍が出来るとは誰も考えない。なぜならプレシーズンゲームで主力選手が出場するのは、わずかな時間に限られるからだ。日本の成績もそういったプレシーズンゲームのものに近い。ただ、イチローに関しては、日本よりもメジャーでの成績のほうがいいケースがある。日本でプレイしていた頃、1試合平均の安打数は1.34だったが、マリナーズ時代は1.37本だ。これをどう説明するか」