『オールド・フォックス 11歳の選択』硬派で切ない、親子と経済の物語
台湾ニューシネマの流れを汲む
シャオ・ヤーチュエンの映画が日本で紹介されるのは、監督第2作『台北カフェ・ストーリー』(10)に続いて今回が2本目。デビュー作『命帶追逐(英題:Mirror Image)』(00)、第3作『范保德(英題:Father to Son)』(18)は日本未公開だが、すべての作品に共通するのは、物語の背後に横たわる歴史・政治・経済への透徹した視線があることだ。 『命帶追逐』の舞台は質屋で、人生と恋愛と経済が同じ空間で展開する。『台北カフェ・ストーリー』は物々交換、すなわち“価値”のトレードがテーマだった。『范保德』では、年老いた父親の人生を紐解いていくうち、そこに台湾の歴史が見えてくる。今回の『オールド・フォックス 11歳の選択』は、そうした複雑な作劇に挑み続けてきたシャオ・ヤーチュエンのひとつの集大成と言えるかもしれない。 人びとの織りなすドラマをダイナミックに描きながら、社会や歴史に対する意思を明確に打ち出すシャオ・ヤーチュエンの映画は、とても優しく、一方で非常に硬派だ。その作風のみならず、台湾の町並みを美しく切り取り、また生活の細部を丁寧に掘り起こすアプローチは、ホウ・シャオシェンやエドワード・ヤンら台湾ニューシネマ世代の影響を感じさせる。 具体的な演技指導はせず、主に俳優に方向性を示すのみという演出スタイルも、役者たちの化学反応をうまく引き出した。瞳に独特の暗さをそなえたリャオジエ役のバイ・ルンイン、物語の骨格を背負うタイライ役のリウ・グァンティン、圧倒的な芝居で金馬奨(台湾アカデミー賞)の助演男優賞に輝いたシャ社長役アキオ・チェンのほか、短い出番ながら存在感を残すヤンジュンメイ役の門脇麦、シャのもとで働くリン役ユージェニー・リウら、すべてのキャストによるアンサンブルが独特の作品性をしっかりと支えている。 本作で金馬奨の最優秀監督賞を受賞したシャオ・ヤーチュエンは、台湾映画界でのキャリアを確実にひとつ上のステップに進めてみせた。1967年生まれで今年57歳、いまや“名匠”と呼ぶべき存在だ。今後の作品に注目するとともに、未公開作の日本公開にも期待したい。 [参考資料] ・『オールド・フォックス 11歳の選択』プレス資料 文: 稲垣貴俊 ライター/編集者。主に海外作品を中心に、映画評論・コラム・インタビューなどを幅広く執筆するほか、ウェブメディアの編集者としても活動。映画パンフレット・雑誌・書籍・ウェブ媒体などに寄稿多数。国内舞台作品のリサーチやコンサルティングも務める。 『オールド・フォックス 11歳の選択』 6月14日(金)新宿武蔵野館ほか全国公開 配給:東映ビデオ ©2023 BIT PRODUCTION CO., LTD. ALL RIGHT RESERVED
稲垣貴俊