『オールド・フォックス 11歳の選択』硬派で切ない、親子と経済の物語
現代を問う経済ドラマとして
少年リャオジエが暮らす小さな世界には、彼の人間性を左右する大きな分岐が待ち受けている。これは愛情をもって自分を育てる父親との親子関係と、冷淡な成功者との擬似的親子関係のあいだで引き裂かれる少年の物語なのだ。なにしろシャ社長は、リャオジエに「お前は俺に似ている」と語りかけるのである。 監督のシャオ・ヤーチュエンは、多くを語らない台詞と抑制の効いた演出を駆使しながら、登場人物のそれぞれに優しい視線を向ける。リャオジエとタイライ、シャ社長の3人による絶妙なコントラスト――それぞれまったく違う人物像でありながら、実はとてもよく似ている――を丁寧な手つきで紡ぎ出し、“腹黒いキツネ”であるシャ社長にも決して一面的ではないディテールを書き込んだ。 もっとも本作は、決して「小さな世界」だけの話ではない。シャオ・ヤーチュエンによると、時代設定を1989~1990年にしたのは、1987年に戒厳令が解除されたことで、台湾の経済に激変がもたらされたため。「株で儲けたり、土地を転がしたりして、あぶく銭を手にした人が増え、急激に拝金主義が生まれた時代だった」という。 1990年当時の台湾の株式市場を説明する冒頭のキャプション、株で儲けを出したというタイライの叔父、不動産価格が2倍になったために立ち退きを余儀なくされる自転車屋――。映画の前半から周到に織り込まれた、不穏な経済状況を示す情報の数々は、リャオジエとタイライの暮らしに異変が訪れていることを物語っている。 日本の観客に伝わりにくいのは、1990年に発覚した、“台湾史上最大の集団的経済犯罪”といわれる「鴻源事件」だろう。1981年に設立された投資会社・鴻源機構は、高金利をうたって1,000億台湾ドルもの資金を不正に集めながら1990年に突如倒産。16万人の債権者と900億台湾ドルもの負債を残し、金融システムに混乱をもたらした。 劇中最大の悲劇と言える、知人に勧められるがまま投資に手を出した麺店主人のエピソードは、この「鴻源事件」が背景にある。本作の傑出した点のひとつは、人びとの生活を決定的に変えてしまうほどの経済的異常事態が、音も立てずにひたひたと迫ってくるさまをリアルに描き出したところだ。 大それた夢を掲げるわけでもなく、人並みの暮らしをしていた人びとの生活に、突如として資本主義経済の大波がやってくる。2020年代の今にも通じるハードな社会を、他者と支え合うコミュニティのなかでゆるやかに生きていくのか、それとも「すべては自己責任、他人のことはどうでもいい」という新自由主義的な発想で戦うのか――。このように読み直すと、父親と指導者のあいだで葛藤するリャオジエの背後で、特定の経済状況におけるふたつの思想が対決していることがわかる。