「かっこいい!」が知識を吸収する原動力に、異色の「バトル図鑑」が売れた理由
「一番強いのは何だろうな、とわくわくする」という律歩くんは、取材中も好きなキャラクターのバトルシーンを熱心に説明してくれた。文字とイラストだけの世界が、頭の中で物語として正確に描写されているようだった。母親の麻莉さんは言う。 「全部空想だし、実世界には結びつかない壮大な無駄知識なのかもしれない。でもこうして夢中になって何かを調べるとか、再現して制作するようなイマジネーションを広げるにはすごくいい」 リアルな生き物も好きだという律歩くん。 「どれが本物でどれが想像上のものかをあまり区別なくインプットしている気がする。子どもが絵本から文字のある本へと移行するタイミングに、読書の習慣づけとして読むにはちょうどいい本でした」(麻莉さん) マンガ仕立てであった「どっちが強い!?」も、KADOKAWAの担当者はヒットの要因に、「日本版を制作するにあたって、1巻ごとにそれぞれの専門家を監修者として立てた。内容的に信頼のおけるものであることを大きくアピールしたことも保護者層に対してはプラスに働いたと思っております」ということを挙げていた。親の意向はヒットと切っても切り離せないのである。
好奇心を持たなければ教育にはつながらない
こうしたバトル図鑑を専門家はどう見るか。北海道・旭川市旭山動物園の園長・坂東元さんは、「単純に面白い」と笑う。 「自分が子どもだったころを振り返ってみても、強いものに憧れるというのは当たり前のこと。カブトムシとクワガタを戦わせるということはよくやりました。誰が一番になるかが気になるものだから、対決ものは面白いんです。オリンピックもそうですよね?そもそも好奇心を持たないと教育にはつながらない。そこを入り口に、生き物の世界の扉を開けるのではないでしょうか」 坂東さんは、「最強王」には動物園では学べない「戦闘シーン」が描かれていることに注目する。 「動物の特徴を最もよく表すのは戦いの場面なのですが、ライオンが相手を食べるところは動物園では見られません。食物連鎖とは身体能力の差から生まれます。つまり、自分の身体能力で相手を捕まえる、また身を守る、逃げるというシーンは、その動物の能力が集約して表れる場面なのです」 「『頸動脈を傷つけられて大出血して倒れました』『牙が刺さってしまった』と細かく表現しているのは図鑑的な要素としてこだわったのでは。動物はかわいいだけではない。肉食動物の怖さを知り、『生きるというのはそんな簡単なことではない』ということを、子どもたちにも感じてもらえるんじゃないかなと思います」 また、動物同士の体格差もよく計算されていると評価する。 「絵を見ても不自然な動きがなく、比率におかしな点がない。また、サイズ感が絶妙だ。『異種最強王図鑑』に出てくる肉食昆虫・オオエンマハンミョウの“戦闘体長”は1.03m。鎧を着ている外骨格の生き物が2mくらいの大きさだったら勝てる相手がいなくなっちゃいます。『水中最強王図鑑』では、ミナミゾウアザラシとヤゴ(オニヤンマの幼虫)の対決があるのですが、ヤゴが戦闘中は3mという設定になっているので、グロテスクな動きをするヤゴがこの大きさならミナミゾウアザラシ相手にも結構いい勝負になるだろう、と想像できます。そういう視点で見ていくと、他のバトルも『大きさが違ったらどうだったか』『このタイミングでこの攻撃をしたら勝てたのか』と想像する楽しみ方があるでしょう」 「最強王」を夏休みの自由研究の題材として取り上げるのも楽しそうだ。さらに坂東さんは、本の世界からリアルへと飛び出すことを提案する。 「動物園や水族館、博物館に出かけてもいいし、自分で捕まえにいってみるのもいい。本の中では負けた生物が、『どうやったら勝てたのか?』と検証してみるのも面白いでしょうね」 --- 相馬留美(そうま・るみ) 経済誌記者、ベンチャー企業の上場準備室を経てフリーランスに。現在はビジネスメディアを中心に産業・企業に関する記事を執筆する一方で、フリーランスの活躍を後押しする活動に従事している。