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まさにこの人しか書けない社会派ゲーム小説!?|宮内悠介さん『黄色い夜』

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本がすき。

宮内悠介さんは純文学、SF、ミステリーとジャンルを特定せずに読み応えのある作品を発表している作家。新作について「デビュー前に旅先で書いた、思い入れのある短編をもとにした」と語ります。エンタメ要素に社会批判を織り混ぜた、一気呵成に読み切ること必至の中編小説です。

デビュー前に書いた短編が本作の原型。あのときの熱量を生かしたかったんです

 文学史上初めて芥川賞、直木賞、三島賞、山本賞の全候補になった宮内悠介さん。新作『黄色い夜』は、アフリカの砂漠にある架空の国・E国でギャンブルに勝ち、同国を自分のものにしようと企む日本人ギャンブラー・ルイの物語です。  深夜のバススタンド。午前4時発の国境行きのバスを待つ人々が集うレストランで、26歳のルイは33歳のイタリア人ピアッサに声を掛けます。2人はギャンブラー。ともに陸路でE国に入り、同国唯一の産業であるカジノで勝って、それぞれが抱く目的を果たそうとしていました。E国のカジノはバベルの塔を思わせるらせん状の塔で開かれていて、世界中から客が集まってきていました。塔の最上階では国王・ゲブレが自らディーラーとなってルーレットを回します。掛け金の上限がないこの勝負に勝てば、E国はその勝者のものになるとされていました。  ルイは“E国を乗っ取り、訪れた人を蘇らせる国を作りたい”ともくろみ、ピアッサに手を組もうと誘い……。 「この小説の原型は、デビュー前に旅の途中で書いた短編です」  宮内さんは事前に渡した質問に対する回答を細かな字でびっちりと書き込んだメモを手に、丁寧に話し始めました。 「デビューする前の’05年のこと。プログラマーをしていたのですが、転職する狭間の1カ月ほど、アラビア半島の南端にある国イエメンから貨物船で紅海を渡り、対岸にあるアフリカの小国ジブチ、そこから陸路でエチオピアを訪れました。当時私は26歳で、小説を書いて生きていきたいと思っているにもかかわらず、目の前の仕事が忙しく、小説を書く時間が取れない日々を送っていたんです。イエメンからエチオピアというルートは、詩人アルチュール・ランボーが商人になって渡った行路。詩作を止めたランボーが見た景色を私も見てみたいと思い、その足跡をたどりました。中東やアフリカなどを旅するとき、夜は外出しませんので、その時間に短編小説を書いていたんです。このときの作品に愛着があったこと、一度ギャンブルをテーマに小説を書きたいと思っていたことなどが重なり、今回の小説になりました。  旅先で出会った人が形を変えて出てきたりもします。たとえば、私はアデン港からジブチに渡ろうとして、ソマリアの男性に通訳を頼みました。作中、ケニア出身でソマリアで結婚し、妻をソマリアに残した難民の話がありますが、これは、その方から聞いたエピソードそのままです」  はにかんだように目を細めながら、宮内さんは愛おしそうに言葉を紡ぎます。 「本筋は原型の短編と同じですし、当時のソウルフルな勢いみたいなものは取り入れました。26歳の私が抱えていた、よくわからないけれど荒れ狂うような何かを抑え込みつつも、何者でもないときに書いた熱量は生かしたかったんです。それ以外はだいぶ違う作品になりましたけど(笑)」  本作には、カジノを舞台にしたゲーム攻略本的要素もあります。 「もともとサブカルチャーやマンガが好きなんですが、塔を登っていきながら主人公がだんだん強くなる、という王道のパターンを文芸に放り込んだらどうなるかという興味もありました。そこに、多剤多用といった処方せん依存や言語の問題など昨今の社会問題を取り込み、いわば社会派ゲーム小説に仕上げたつもりです。  1人の悩める人間の話でもあるので、ギャンブルを敬遠する方にも読んでいただければうれしいです」  ゲームの謎解きと登場人物たちの葛藤や閉塞感が一体となった、強烈なドライブ感を孕む快作です。

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