岸田文雄《緊急寄稿》/私が目指す「新しい資本主義」のグランドデザイン――文藝春秋特選記事【全文公開】
「文藝春秋」2月号の特選記事を公開します。文/岸田文雄(内閣総理大臣) ◆ ◆ ◆ 一.今こそ資本主義のバージョンアップが必要 私の提唱する新しい資本主義に対して、何を目指しているのか、明確にしてほしいといったご意見を少なからずいただきます。 この寄稿では、このような声にお答えすべく、私が目指す新しい資本主義のグランドデザインについて、お話をしたいと思います。 私たちは、資本主義社会に生活しています。人類が生み出した資本主義は、市場を通じた効率的な資源配分と、市場の失敗がもたらす外部不経済、たとえば公害問題への対応という、二つの微妙なバランスを常に修正することで、進化を続けてきました。そして、長きにわたり、世界経済の成長の原動力となってきました。 20世紀半ばの福祉国家に向けた取り組み、その後の新自由主義の広まりは、いずれも、そうした資本主義の修正、そして資本主義の進化の過程の一つです。 市場や競争に任せれば全てがうまくいくという考え方が新自由主義ですが、このような考え方は、1980年代以降、世界の主流となり、世界経済の成長の原動力となりました。他方で、新自由主義の広がりとともに資本主義のグローバル化が進むに伴い、弊害も顕著になってきました。 市場に依存しすぎたことで格差や貧困が拡大したこと、自然に負荷をかけ過ぎたことで気候変動問題が深刻化したことはその一例です。 欧米諸国を中心に中間層の雇用が減少し、格差や貧困が拡大しました。 国民総所得に対する雇用者報酬、賃金支払総額の割合を示す労働分配率をみると、米国等の先進国では趨勢的に低下傾向にあります。日本は50.5%(2000年)から50.1%(2019年)でほぼ横ばいですが、米国では56.4%(2000年)から52.8%(2019年)へ、ドイツは53.4%(2000年)から52.3%(2019年)へと減少しています。 そして、1980年から2016年にかけて世界の所得階層別の所得の伸びをみると、最も豊かな1%の人々が、世界全体所得の伸びの27%を獲得しており、新興国が発展する中で、先進国の中間層の所得は抑えられてきました。 また、自然に負荷をかけ過ぎたことで、気候変動問題などの環境問題が深刻化しました。記憶に新しいところでも、昨年7月の熱海市の土石流災害をはじめ、各地で被害が発生しています。 短期的な効率化重視の企業経営にも限界が現れています。コロナ禍において、我が国は国民生活に不可欠なマスクでさえ国内で供給できないリスクに直面しました。また、足下では半導体不足によって、車やゲーム機などの生産まで滞る事態が発生しています。効率性を追い求めすぎたゆえに、サプライチェーンやインフラの危機に対する強靱性(レジリエンスと言います)が失われてしまっているのです。 私は、アベノミクスなどの成果の上に、市場や競争任せにせず、市場の失敗がもたらす外部不経済を是正する仕組みを、成長戦略と分配戦略の両面から、資本主義の中に埋め込み、資本主義がもたらす便益を最大化すべく、新しい資本主義を提唱していきます。 資本主義が課題に直面する一方で、世界を見回すと、権威主義的国家を中心とする国家資本主義とも呼べる経済体制が勢いを増しています。貧困や格差拡大による国内での分断によって民主主義が危機に瀕する中で、国家資本主義によって勢いを増す権威主義的体制からの挑戦に対し、我々は、自ら資本主義をバージョンアップすることで対応するしかありません。
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岸田 文雄/文藝春秋 2022年2月号