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武岡優斗、安在和樹、小松蓮。レノファ山口の選手がコロナ禍で感じたファンのチカラや、サッカーの価値。

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VICTORY

明治安田生命Jリーグも長い中断期間を経て7月4日に再開し、制限付きで観客収容も可能となった。しかし、以前のように観客が入り選手へ強い声援を送ることはまだできず、練習場や試合会場での選手への接触も禁じているクラブも多い。 そんな中、武岡優斗、安在和樹、小松蓮のレノファ山口所属の3選手が、コロナ禍の自粛期間でサッカーから離れざるを得なくなった状況での変化や、日々の活力を与えてくれるファンの存在価値など、未曾有のこの危機に直面して感じたことを語る。

自粛期間は色々考えるきっかけになった

ーJは再開しましたが、練習が無く家にいる期間も多かったかなと。色々と感じた部分や過ごし方、考え方の変化もあったと思います。 武岡 僕は膝がもともと悪いこともあって、まわりがジョギングをしていたときも基本的には在宅で身体はあまり動かしていませんでした。正直、今年はJリーグはないと思っていたので、特に焦ることもなく“なるようにしかならないな”と。不安は全くなかったですね。世の中を見ても「スポーツやってる場合ではないな」と感じたので。Jリーグがなくて困るのは僕らだけ。世界における1つのパーツとして見たら大したことないですから。ないならないで受け入れるしかないな、と。 安在 僕も開幕戦で負傷してリハビリ状態だったので、怪我と向き合う時間がすごく長かったですね。リーグに関してはいつやるのか、やらないのかという議論がありましたが、それが無くなって白紙になってからは治療に専念できたので、前向きに取り組むことができました。 小松 僕は昨年、シーズンの半分ぐらいしか試合に出れらなかったので、今年は試合をしたい思いが強かったんです。なので、いつ再開するかもわからない中で若干不安ではありました。でも、不安でいても何か変わることはないので。多少身体を動かしたりチームがzoomを使って色んな業種の方の話を聞く機会を設けてくれたりしたので、それは気持を安定させる面では良かったです。サッカー漬けの日々から離れて、サッカー以外のところに目を向けていろんな知識を得ようと思えた良い機会になりました。 ー小松選手がおっしゃったように“サッカーから離れて”色々と考え、行動した選手が増えた気もします。それこそ“引退後”のこともそうですが。 武岡 このオフに色々考えました。僕は2011年に膝の手術をしたときに初めて引退を考えたのですが、昨年に甲府へ入る前も同じことを考えました。そして、今回もです。スポーツ界も厳しくなってきて、いよいよ年齢も上がっている選手は厳しくなるな、と。その中で自分で何かを稼げるようにならないといけないと思ったんですよ。この活動自粛中はめちゃくちゃ考えました。何ができるのか、と。その中で色々な人と電話やzoomで話してたり、同年代の選手何人かとも話したり。川崎Fでチームメイトだった橋本晃司とは毎日やり取りしました。今の時代はYouTubeやオンラインサロンを始め、サッカー以外で生活基盤を作る人も出てきていたので、どうすればよいかとは考えましたね。結局、いつかは引き際がきますから。 小松 僕はサッカーがなくなった後に何をしたいかという明確なものはないのでが、辞めた後、サッカーがなくなった後でも、自分でどうにかできるようにはなりたい。そのために、将来に直結するかわからないですけど、歴史や政治というような、これまで目を向けてこなかったものに目線を向けるようになりました。サッカー選手である中で何かに繋がるというのはほぼないですけど、生きていく上で何かに繋がれば良いな、と。 ー安在選手は名門のヴェルディ出身で、プロになったときから「サッカーで一生やっていくぞ」という気概を持っていたのかなと思うのですが、引き際を考えたことはあるのでしょうか。 安在 常に考えています。辞めてからのビジョンみたいなのが見えないので、そこの怖さがありますね。引退後のキャリアは考えても出てこないですからね。プロ5年目、23歳になったあたりから意識しだしたのですが、「23ってけっこう歳だな」と思ったんです。そこで「自分はサッカー以外に何かスキルを持っているか」と言われたら持っていないし、何かを探さないといけないということは考えています。それを自粛期間で感じたし、良いきっかけになったかなと。

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