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“安倍政権の後始末”に追われたまま来年9月を迎える可能性も…“3バン無しの叩き上げ”菅官房長官はそれでも“貧乏クジ”を引き受けるか

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ABEMA TIMES

 8日に告示、14日にも投開票が行われる見通しとなった自民党総裁選。“ポスト安倍”の最有力候補として急浮上したのが菅義偉官房長官だ。これまで「まったく考えていない」などと否定していたものの、8月30日になり出馬する意向を固めたと報じられると、二階派や麻生派などが相次ぎ支持を示唆している。 【映像】総理との知られざる出逢い・蜜月関係の裏側をノンフィクション作家に聞く  こうした状況に、菅長官の故郷・秋田の同級生は「(総裁選出馬の意向を聞いて)正直言ってびっくりした。総務大臣になった時、次は総“務”でなくて総“理”だねと、そんな冗談話もした。昔から人の気持ちを見る優しさというのがすごくあるものだから、それが活きてくれて、今の世の中を変えてくれるということを信じている」と話した。

■集団就職で上京、世襲ではない“たたき上げ”

 1948年に秋田県の農家に生まれた菅長官。高校を卒業すると集団就職で上京、段ボール工場に就職した。その後、法政大学に入学、民間企業に入るも政治の道を志して、地盤、看板、カバンの“3バン”無しから議員秘書や横浜市議会議員を経て、1996年の衆院選で国会議員に初当選を果たした  2006年には第一次安倍内閣の総務大臣として初入閣。2012年、第二次安倍内閣が発足すると、政権の要である官房長官に就任。自身も「こんなに長く務めるとはまったく考えていなかった」(2016年)と話すとおり、官房長官の歴代在職期間最長を更新、日々の会見、緊急時には危機対応と、名実ともに政権の“顔”となっていった。

 菅長官を10年以上にわたり取材してきたノンフィクション作家の塩田潮氏は次のように話す。    「“名官房長官”と呼ばれたが、総裁選では負けた梶山静六さん(梶山弘志経済産業相の父)の弟子だ。政権の大黒柱を担った人がどのように志を達成しようとするのか、よく見てきたのだと思う。また、梶山さんが辞めた後は加藤紘一さんの派閥に行き、堀内派、古賀派を経て無所属になった。“渡り鳥じゃないか。はぐれガラスではないか”という人もいるが、“派閥で政治をやるから自民党がだめになる。派閥で政治をやらない新しい自民党政治を作らなければならない”とも言っている。だから派閥のトップにならなかった安倍さんと組んで政権を取った。今回、この派閥を持たない菅さんを各派閥がこぞって推すという構図になっていることを見ても、一種の“脱派閥”のリーダーという特徴なのかなと思う」との見方を示す。

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