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天才は藤井聡太だけではない “振り飛車のカリスマ”藤井猛が作った常識破りの「システム」

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研究会で藤井システムを徹底解剖し始めた

 藤井システムが登場すると、他の多くの棋士が「これは使える」と安易に真似をした。だが、藤井の頭の中にしかない「新定跡」を指せる者はいなかった。  ただ1人、ほぼ完璧に指しこなせたのは、羽生だけだった。  だが、時代は皮肉な曲線を描いていく。  '01年、その羽生に竜王を奪われる。その頃から棋士たちはチームで研究会を行ない、藤井システムを徹底解剖し始めた。寄って集って丸裸にされ、攻略法は1日で駆け巡り、藤井は思うように勝てなくなっていく。  激烈な情報戦を繰り広げる現代将棋の先駆けにもなってしまったのだ。  手塩にかけて育てたわが子がいたぶられているような様を、藤井は苦々しい思いで見ていた。修正に修正を施し、何とか'06年の朝日オープンで羽生の挑戦者になったが敗退。 「あれがシステムの最後の花道でした」

将棋のネイティブスピーカーではないからこそ

 同年秋のA級順位戦で羽生に大逆転負けを喫したとき、藤井は持ち駒を盤上にぶちまけた。その口惜しさは、終盤でミスを犯した自分への不甲斐なさだけではなかっただろう。  もがき苦しんだ5年を経て、棋風改革に乗り出した藤井は、今、新たな活路を見出しつつある。以前は絶対にやらないと公言していた本格派の居飛車矢倉を、3年前から指し始めた。  人真似を嫌う藤井らしい独自の新工夫が施された攻撃的な矢倉囲い戦法には、「新藤井システム」の萌芽がある。 「藤井さんほど将棋を考えている人はいない。エリートの棋士が素通りすることにも引っかかりを覚え、1人で耕してしまうんです」  20年来の親交がある行方尚史八段の弁である。  スタートの遅れというハンディのあった藤井は、いわば将棋のネイティブスピーカーではなかったからこそ、愚直に考え続けることで、斬新な戦法を編み出せたのだ。

「職人と言われると、嬉しいですね」

 冒頭の直感力がないというのも、エリート棋士に比べ、幼少期に体で覚えた将棋ではないからだ。終盤力ではどうしても見劣りしてしまう。 「羽生さんがスーパーコンピュータだとすれば、僕はフリーズばかりするオンボロパソコンです(笑)。頭の回転が遅すぎる。本当は本能で指したい。  でもポンコツのエンジンでも高性能マシンに勝てるのが、将棋の面白いところ。エリートじゃなかったから、将棋をつまらないと思ったことがないんです」  そんな藤井が、私には一流の職人に見えてくる。車も電気製品も、日本のモノ作りは町工場の職人が支えてきた。  独自性溢れる3次元の設計図は元来、職人の頭の中にしかなく、手間を惜しまず精魂込めて作り上げた製品は、芸術作品のように美しい。  だがそれには著作権がない。パソコン上で設計図を作れるようになった近年、命である設計図と試作品をコストの安い東南アジアに簡単に持ち出され、町工場は壊滅状態になった。藤井システムの盛衰と酷似する構図だ。  だが、いつの時代も日本人の匠の技が求められるのは自明である。 「職人と言われると、嬉しいですね。そうそう、それだよって!」  藤井は弾けるように笑うと、追い求める理想の将棋について話した。 「序盤で相手に悪手がないのにいつのまにか優勢になって勝つ。相手が気づかない間に斬っている、というのが最高です。しかも何度でも使える戦法で(笑)。  いくら研究されても完璧性、芸術性がある。藤井システムでそういう格別の喜びを味わっちゃったから、独自の将棋を指すことが楽しいんですよ」 (Number783号 藤井猛「常識を打破して頂点に立った男」より)

(「Sports Graphic Number More」高川武将 = 文)

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