ドイツ脱出を画策するフォルクスワーゲン、その背景にある脱原発と浮かれた理想論
ドイツで起きつつある産業空洞化の背景として、エネルギーコスト以外に通貨高を指摘する向きもある。だが、南欧の国々の企業はともかく、ユーロ加盟国の中で相対的に通貨安を享受してきたドイツの企業がユーロ高を理由に生産拠点を海外に移すことなどありうるのか。ドイツにおける産業空洞化の真因を探る。(唐鎌 大輔:みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト 【著者作成グラフ】ユーロ圏加盟国の対外競争力指数。ユーロ加盟国との間で比較したドイツの実質実効為替相場(REER)。欧州債務危機を経験した南欧諸国と比べれば、ドイツの国内製造業は安定的に通貨安を享受してきたということがわかる。 ■ ユーロ高とドイツの産業空洞化 前回のコラム「独フォルクスワーゲンの国内工場閉鎖が示唆するドイツの産業空洞化、果たして日本の二の舞になるのか?」でも議論したように、ドイツの産業空洞化に関してはエネルギーコスト以外に通貨高を理由に挙げる向きもある。 確かに、ロシア・ウクライナ戦争後の利上げ局面を経てユーロには金利が付くようになり、名目実効為替相場(NEER)は統計開始以来のピークを更新し続けている(図表(1))。主に対ドル、対円での水準しか話題にならないユーロ相場においてあまり知られていない事実である。 【図表(1)】 慢性的な通貨高が産業空洞化の一因になった日本の経緯とドイツを重ね合わせようという論調も見受けられる(日本の産業空洞化にまつわるアンケート調査は前回コラムの図表を参照いただきたい)。 だが、筆者はドイツの産業空洞化というテーマを通貨高に帰責させるような論調には全く賛同できない。ユーロ相場の歴史においてそれが「最高値」であることと、ドイツにとって「高過ぎる」ことは全く別の問題だからだ。
■ 通貨高とは無縁だったドイツ企業 不調をきたしているとはいえ、世界3位(昨年までは4位)の経済大国であるドイツにとって、「ユーロが高過ぎる」と感じる状況は起こりようがなく、ドイツ企業による対外直接投資(端的には海外生産移管)の加速を説明する要因として説得力は乏しい。 ギリシャやイタリアも含めてユーロである以上、ユーロがドイツにとって強過ぎると感じるほど上昇することは理論的に想定されないはずである。 裏を返せば、仮にドイツ国内の製造業が対外直接投資を検討せざるを得ないほどユーロ高が進んでいる場合、もっと早いタイミングでイタリアを筆頭とする南欧諸国から悲鳴が上がっていなければおかしい。 歴史的にはイタリアやフランスはユーロ高に対して苦情の声を上げる場面が良く見られてきた印象があるものの、今のところ、そのような状況には至っていないようである。 図表(2)はECB(欧州中央銀行)が四半期に一度公表する対外競争力指数(HCI)だ。これは端的にはユーロ加盟国別で確認する実質実効為替相場(REER)であり、ここでは近年注目される人件費に着目する意味から単位労働コスト(ULC)で実質化している。 【図表(2)】 図示されるようにドイツのHCIはユーロ導入後、基本的には低位安定している。導入後の急騰を経て、後に欧州債務危機を経験した南欧諸国などと比べれば、ドイツの国内製造業は長い間、安定的に安い通貨を享受してきたと考えられる。