警察官に向かっておならをしたら暴行罪で6万円の罰金!?「法律の欠陥~下ネタ編~」を徹底討論【作者に聞いた】
知らないとヤバイ法律、知ったら知ったで悪用する人が出てきてしまう…それが法律です。弁護士をしながら、法律にまつわる4コマ漫画を日々、X(旧Twitter)で発信をしている【漫画】弁護士のたぬじろうさん(@B_Tanujiro)。意外と身近に存在する、法律にまつわる「ヤバイ」を漫画にすることで、法律を知ることの重要性を読者に投げかけています。 【漫画】本編をイッキ読みする 今回は、「これを司法で裁けないの、どう考えても法律の欠陥だろw」というような法律の闇の中でも、特に下ネタに特化した話を漫画で解説してもらいました。 ――担当編集にはNOと言えないたぬじろうさん、今回の「法律の欠陥~下ネタ編~」は、編集者のどうしても描いてほしいという無茶な要求から始まりました。その節は本当にご迷惑おかけしました。すみません!実際の法律相談でも、「それは無茶すぎます」となるような相談は来るのでしょうか? たぬじろうさん(以下、たぬじろう):担当編集の奥井さんから、パッション溢れるご要望をいただき、本気でおならとうんこに向き合ってみました。こんなにおならやうんこのことを真剣に考えたことのある弁護士、いないんじゃないかな(「おならとうんこに強い弁護士」として売り出そうか…)笑。 さて、実際の法律相談でも「それは無茶すぎます」という相談はわりと来ます。私の経験では、有料の法律相談よりも、自治体で行う無料の法律相談コーナー等でお目にかかることが多い印象です。 やっぱり無茶すぎる相談は、有料だとしにくいのかもしれません(笑)。 本当に受けた相談内容は書けませんが、「キャバクラ嬢がそっけなくなったので、今までキャバクラで使ったお金を全額取り戻したい」とか「店員の態度が悪くて気分を害したから慰謝料を請求したい」とか、そんな感じです。 そんな感じなんです…。そんな感じの相談も来るのが弁護士の世界なんです…。 ●暴行罪とは? 「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」(刑法208条) ここでいう「暴行」とは、人の身体に対する不法な有形力(物理力)の行使を言います。 ちなみに「傷害するに至らなかったとき」とあるように、暴行罪と傷害罪では、傷害罪の方が重い刑として定められています。暴行をして怪我をすれば、暴行罪ではなく傷害罪が成立し、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金が課されることになります(刑法204条)。 ――拡声器を使って耳元で大声を発した行為が暴行になった事件について、詳しく教えてください。 たぬじろう:大阪地方裁判所が昭和42年5月13日に下した裁判例です(下級裁判所刑事裁判例集という裁判例集の9巻5号681頁に掲載されています)。 この事件では、市の職員が労働条件の改善を要求して市と団体交渉を行っていたときにおきました。団体交渉がまとまらず行き詰まっていたところ、市長らが部屋から退出しようと試みます。しかし、市長らの退出は制止され、再び交渉の席に戻されました。 このような市長らの対応に、市の職員の一人が憤激し、市長の左耳元近くで、携帯用拡声器を用いて大声で「市長」と怒鳴りつけたというものです。 この行為に関して、大阪地方裁判所は暴行罪が成立すると判断し、その職員に対して罰金2000円の判決を下しました。 なお、昭和40年と令和5年では、企業物価指数が約2.4倍、消費者物価指数が約4.5倍ですので(日本銀行公式サイトより)、今の価値に引き直すと、4400円~9000円くらいの罰金ということですね。 この裁判例は有名で、刑法の基本書にも載っていることが多いです。なお、サンシャイン某様やくりぃむしちゅー某様は一切関係ありません(関係者の皆様ごめんなさい…!)。 ●名誉棄損とは? 「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀き損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。」(刑法230条1項) 公然と、人の社会的評価を害するに足りる事実を摘示すると成立する犯罪です。今回は、事実を摘示しているわけではないので、名誉毀損罪は成立しません。 ちなみに、「その事実の有無にかかわらず」名誉毀損罪となると定められていますが、一定の場合には免責されます(刑法230条の2)。 一定の場合とは、1. 公共の利害に関する事実で、2. 目的が専ら公益を図ることにあり、3. 摘示した事実が真実であることの証明があった場合です。 たとえば、政治家について真実を摘示して批判する行為が名誉毀損罪に問われないのは、この特例があるからですね。 ――オーストリアのウィーンで起きた「警官におならをした男性に約6万円の罰金刑が科された」という事件は、「公序良俗違反」とされています。日本にこういった違反がないのはなぜですか?また似たような法令はありますか? たぬじろう:BBCニュースでも取り上げられていた事件ですね。 ウィーン国家安全保障法(WLSG)Art. 1 § 1が定める公序良俗(「1. den öffentlichen Anstand verletzt oder」)違反として、罰金が課されたようです。 日本では、このような「公序良俗違反」に類するような法律はありません。 日本においては、罪刑法定主義が厳格に定められているためです。罪刑法定主義とは、ある行為を犯罪として処罰するには、法令において、あらかじめ明確に規定されていることが必要という原則です。 何が犯罪になるか曖昧では、いつ犯罪を犯してしまうか(犯罪者とされてしまうか)わかりませんよね。怖くて何もできなくなってしまいます。それではいけないということで、犯罪はあらかじめ明確に定めないといけないというルールがあるわけです。 「公序良俗違反」という概念は、曖昧で明確とは言えません。なので、日本ではこのような犯罪は定められていません。…仮にそんな犯罪が定められていたら、怖くてこんな漫画描けません。公序良俗違反だと言われて犯罪者にされたら、たまったもんじゃないですから…(苦笑)。 ――「身体接触がない場合、傷害の危険があれば『暴行』になる」と定義されています。もし、強烈すぎるおならによって、嗅覚に損害を被った場合は、暴行になりますか?たとえば、嗅覚を破壊しかねない悪臭を放つ食べ物を故意に大量摂取し、特定の人に対して嗅覚を破壊することを目的として目の前で放屁した場合は、どうでしょうか? たぬじろう:うーん、難しいご質問ですね。 嗅覚を破壊しうるのであれば、考え方によっては、暴行罪は成立しうるかもしれません。そのようなおならを人類が出せるのかはわかりませんが(苦笑)(担当編集の奥井さんに実験していただきたい…!)。 「考え方によっては」と前置きをおいたのは、病毒を感染させるような化学的・生物学的作用が「暴行」にあたるかについては、学説上争いがあるからです。 私は、化学的・生物学的作用は、「暴行」の語義からあまりに離れるので、「暴行」と解釈することは難しいのではないかと考えています(松原芳博著『刑法各論[第2版]』(日本評論社、2021年)46頁と同意見)。 ちなみに、暴行罪が成立するとしても、その証明はかなり難しい気がします。現に被害者が嗅覚障害に至っていれば、それが「嗅覚を破壊しうるおなら」の証拠になりそうですが、実際に嗅覚を破壊されてしまうと、それは暴行罪ではなく、より重い傷害罪が成立してしまいますし。 ●器物損壊罪とは? 「(略)のほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。」(刑法261条) 他人の物を損壊すれば、器物損壊罪が成立します。 ここでいう「損壊」とは、物の物理的な損壊に限らず、物の効用を害する一切の行為を含みます。 皆さんは、人が放尿した食器を使いたいと思いませんよね?(思うという方がいれば、このウェブページをそっと閉じてお帰りください) なので、徳利やすき焼きの鍋に放尿した行為が器物損壊罪になるとした判例(大判明治42年4月16日刑録15輯452頁)があるのです。 ――大便を送りつけられたことを証明するために、すぐに破棄せずに保存する必要はありますか? たぬじろう:保存したくないですよねぇ…。 送られた当事者が保存する必要はありませんが、破棄する前に写真を撮ったうえで、警察に通報してください。 刑事に関しては、警察が証拠を保全してくれると思います。 ちなみにご自身でも写真を撮っておいていただいた方がいいのは、刑事(=犯罪)だけでなく、民事(=損害賠償請求等)の証拠にも使うためです。 流石にその物を捨てずに取っておくのはつらいと思いますので…。 ●威力業務妨害罪とは? 「威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による。」(※前条=「…三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。」)(刑法234条) 業務妨害罪は、妨害の手段によって大きく2種類に分けられます。 嘘の噂を流したり、人を騙したりする場合が、偽計業務妨害罪(刑法233条)で、暴力や脅迫等を行う場合が、威力業務妨害罪(刑法234条)です。 今回で取り上げたのは、威力による業務妨害の方ですね。 なお、領事館に人糞を送りつけられた行為が威力業務妨害罪に該当すると判断したのは、広島高等裁判所の令和2年2月18日の判決です(高等裁判所刑事裁判速報集令和2年527頁に掲載)。 同事件では、「泥棒。出て行け。」等の手紙とともに、人糞を封入した行為が威力業務妨害罪に該当するとしました。行動の異様さから、強い敵意と今後関係者らに対する加害行為へと行動を発展させるのではないかという不安を抱かせた点等が理由のようです。 【もっと教えて!たぬじろうさん】 おならが犯罪になり得るかという点は、実は、ほかの複数の弁護士の動画等でも取り上げられています(!!)。 犯罪になり得るというのが、その動画の結論でしたが、私は犯罪にはならないと考えています。 その理由は、漫画でたぬじろうが言っていた通りです。 「判例においては、物理力の行使は、人の身体に接触した場合には、傷害の危険を欠くものでも暴行であり、また、傷害の危険を有するものであれば、人の身体に接触しなくとも暴行であると解されている」(山口厚 (東京大学教授)/著「刑法各論 第2版」(有斐閣、2010年)43頁))のであって、おならでは傷害の危険、つまり怪我をする危険はないからということですね。 ただ、法律の世界は、一つに答えが決まっているものではありません。弁護士によって考え方が違いますし、裁判官や教授によっても考え方が違います。法律の奥深いところですね。 ちなみに、漫画内でにゃんごろう先生が紹介していた海外のニュースについては、以下のようなものです。 1. ウェストバージニア州の事件 ソースはMNSBC(放送ネットワークNBCとマイクロソフトが共同で設立した放送局)の2008年9月25日のニュースです。 ちなみに、ホセ・クルス(Jose Cruz)容疑者は、飲酒運転や無灯火運転等でも起訴されています。起訴が取り下げられたのは、暴行罪のみです。 2. ウィーンの事件 ソースはBBC(イギリスの公共放送事業体)の2020年6月17日のニュースです。 当時はSNSでも話題になっており、罰金処分がなされた書類の写真もアップされていました。 おならで刑事事件になるなんて、世界って広いですねぇ(遠い目)。 私は、日本では、おならは暴行にはならないと考えていますが、考え方次第なのかもしれませんね…。