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【難病・魚鱗癬】我が子の生の奇跡を忘れていた若き母「変わってないのは私、息子が生きられる環境に変えるのも私」

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 難病「道化師様魚鱗癬」を患う我が子と若き母の悲しみと苦しみ。「ピエロ」と呼ばれる息子の過酷な病気の事実を出産したばかりの母は、どのように向き合ったのか。『産まれてすぐピエロと呼ばれた息子』の著作を綴った「ピエロの母」が医師から病名を宣告された日、母は我が子の「運命」を感謝しながら「これからの親子の人生を豊かなものにしよう」と新たなる決意をした。  今回は、我が子の不遇を他者からの声で突きつけられた若き母。その声にショックを受け、引きこもる若き母、優しいご主人の声から、息子の「生」の奇跡に改めて気づき、「変わるべきは私なんだ!」と前を向く若き母の決意です。 この記事の写真はこちら ■目の前にあるもの 自分の中に溜め込んでいた、苦しい想いを全て吐き出し、泣いて、叫んで、少しスッキリして、肩の力が抜けた私は、これからの自分のすべきことは何か、 陽のため、そして私たち家族のために、今の私にできることは何か。 陽の寝顔を見ながら、考える日々が続いた。 そんなとき、ふと、あるご家族のことを思い出した。 幸せそうだなぁ、と眩しく輝いて見えた、見ず知らずのご家族のことを。 どうしてあの時の女の子とお母さんたちは、眩しいほどの笑顔であふれていたの? 答えはすぐに出た。 私は目の前にある尊い幸せを、見失っていたから。 陽(我が子)が生きているという奇跡を、もう当たり前だと思いかけていたから。 愛しい息子が目の前に居てくれる。それの何が不満か? もしかしたら、こうして抱くことすら、できなかったのかもしれない。 それならば、この奇跡に感謝して、息子を幸せにしたい。 笑顔で過ごしていきたい。 どれだけ頑張ったとしても、 「あぁ幸せ、この身体で産まれて良かった」って、思ってもらうことは無理だろう。 しかし、どんな状況の中でも、幸せを、楽しみを見つけることはできるはず。 「楽しい」と感じられることを見つけることは、不可能ではないはず。  全てが【はず】  今はまだ【できる!】 【不可能ではない!】と、完璧に言えるほどの自信はない。 でも、やるしかない。私は今まで、陽の守り方を間違っていたんだ。 病院の待合い室で、陽を抱き締めて、下を向いてじっとしている私は、 まるで自分だけが悲劇のヒロインだと勘違いしていた。 ただ、じっとして時が過ぎるように、自分を、私だけを守っていただけだった。 またジロジロと見られる。何か言われる。 ここに来てはいけないのかな、と自分で勝手に決め付けていた。 あまり知られていない症状の子どもを抱き締めて、下を向いている母親を病院で見かけたら、 なんだろう? 大丈夫? 子どもにうつるかも?  何も知らなければ、そう思うのも当然のこと。 少なからず、その場にいた大切なお子さんと来ているお母さんに、 不安な気持ちを与えてしまっていた。 自分のことしか、考えていなかった。 だとすれば、これからはどうしていけばいいのか。いろんなことを考えて、 考えて、考えて、少しずつ行動にしていった。それが正解なのかはわからない。 しかし、ほんのちょっと行動を変えていくだけでも、 明らかに私たちの環境に変化をもたらしたのだった。 (『産まれてすぐピエロと呼ばれた息子』より) 【参考資料】 本書をもとにCBCテレビ『チャント』にて「ピエロと呼ばれた息子」 追跡X~道化師様魚鱗癬との闘い(6月26日17時25分より)が放送されました。

文・ピエロの母/構成:『BEST TIMES』編集部

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