オークションで買える陸自「教範」で捜査? 自衛隊スパイ工作の実態とは
有名な「ボガチョンコフ事件」
こうした対日スパイ工作は、冷戦終結後は以前よりは減少した。しかし、冷戦終結以降もいくつか事件が摘発されている。 最も有名なのが、2000年に立件された「ボガチョンコフ事件」だ。これは在日ロシア大使館駐在武官として日本に滞在していたGRU所属のビクトル・ボガチョンコフ大佐が、海上自衛隊の3佐を篭絡し、部外秘の機密資料を入手していた事件である。 もっとも、実際に自衛隊の機密情報を入手しようとした事件で表面化したのは、冷戦終結以降はこの事件だけだ。 その他には、在日ロシア通商代表部員がハイテク軍事技術情報などを日本人翻訳業者から入手していた1997年の「チェルヌィーフ事件」。やはり在日ロシア通商代表部要員が、元航空自衛官の防衛機器販売会社社長から空対空ミサイルの情報を入手しようとした2002年の「シェルコノゴフ事件」。さらには、軍事転用が可能なハイテク技術情報を、同じく在日ロシア通商代表部員が光学機器関連企業社員から入手していた2006年の「ペツケビチ事件」などがある。 これらは警察の捜査で明らかになった事例だが、それ以外にも疑惑はある。たとえば旧KGBの資料から、70年代に駐ソ連防衛駐在官だった自衛官がKGBのエージェントだったことがわかっているが、もしその人物が長く存命であったなら、その後も自衛隊幹部あるいはOBとして、長期にわたって機密情報漏洩に関与していた可能性がある。
中国、北朝鮮は事件化が少なく
自衛隊の軍事情報を狙う動機があるのは、なにもロシアだけではない。日本の事実上の仮想敵国である中国と北朝鮮も同様だ。しかし、この両国の諜報機関によるスパイ工作が事件化した例は少ない。 たとえば中国関連だと、在日中国大使館駐在武官が元自衛官の日本国防協会役員から防衛関連資料を入手していた2003年の「国防協会事件」があるが、それは機密情報といえる内容のものではなかった。 また、2004年には在日中国大使館員が、日本人の貿易会社経営者を通じて複数の元防衛庁技官から、潜水艦技術に関する情報などを入手していたことが判明したが、それも機密情報ではなかったため立件されなかった。 疑惑としては、たとえば2006年に、対馬に配属されていた海上自衛官が部外秘(秘指定ではなく内規で持ち出しが禁じられていたもの)の情報を持ち出していることが発覚したが、この自衛官は同僚2人とともに頻繁に上海に渡航し、いわゆる「カラオケ店」に通っていたことがわかっている。そのカラオケ店は、2004年に在上海日本総領事館員が自殺に追い込まれた事件の舞台となった疑惑の売春クラブだったため、中国側によるスパイ工作の可能性も指摘されたが、疑惑は解明されないままだ。