「神輿は軽い方がよい」とは言っても 物江潤『「それってあなたの感想ですよね」』
物江潤・エッセイ「「神輿は軽い方がよい」とは言っても」
衆院選や自民党総裁選が実施されると「担ぐ神輿は軽い方がよい」という、お決まりの言葉が聞こえてきます。随分と乱暴で失礼な表現ではありますが、これだけ世に広まったということは、それだけ多くの共感を生む言葉なのでしょう。 さて、それでは「軽さ」とは、そもそも何を意味するのでしょうか。簡単な言葉のようで、案外と意味がハッキリとしないような気がします。 この言葉を本書では、「~べき」で表現される規範の量によって整理してみました。 規範が少ない日々は、束縛の少ない毎日に他なりません。人生は軽やかになり、そこには自由が待っています。「~べき」といった規範をほとんど示さない上司(軽い神輿)が部下から歓迎されるように、自由をもたらす「軽さ」を是とする人々は多いことでしょう。 しかし、何事にも限度というものがあるはず。「軽い神輿」を通り越して「軽すぎる神輿」になってしまうのは考えものです。上司にしても、いつ何時たりとも規範を示さない/示せないとなれば、流石に自由を求める部下だって困惑するでしょう。ちょうどよい具合の「軽さ」や「重さ」があるのは明らかです。 ところが、そんなバランスなんてお構いなしに、私たち現代人の日々は軽くなる一方です。年賀状を出す「べき」、町内会に参加する「べき」といった規範の数々は、コスパ・タイパの合理的な追求という目的の前では旗色が悪く、どんどんと取り崩され続けています。 「それってあなたの感想ですよね」という言葉は、そんな現代をよく象徴しています。自分にとって不快な規範を非論理的なものとして軽んじる現代人の心象風景を、端的に示した表現だということです。こうした言葉により、あらゆる規範は攻撃を受けているわけです。そしてその先には、「軽すぎる神輿」ならぬ「軽すぎる日々」という名の落とし穴が待ち構えています。 昨今話題になっている、不労所得のみで経済的自立を果たすFIREもまた、そんな「軽すぎる日々」をもたらす原因の一つです。いざ悠々自適な生活を送ろうとするものの、あまりの人生の軽さに耐えられなくなる人々があちこちで確認できます。あらゆる束縛から解放された軽い日々とは、何も成すことのない虚無に苛まれる日々と紙一重なのでしょう。 本書では、推し活・ユーチューバーといった分かりやすい具体例から、ニーチェ・三島由紀夫の思想といった少し噛み応えのあるものまで、硬軟バランスよく織り交ぜながら、この危険な思考スタイルを乗り越える道を考えていきます。本書を通じ、ちょうどよい「軽さ」や「重さ」について考えるキッカケをご提供できれば幸いです。 [レビュアー]物江潤(作家) 1985(昭和60)年、福島県生まれ。早稲田大学理工学部社会環境工学科卒。東北電力、松下政経塾を経て、2022年11月現在は福島市で塾を経営する傍ら社会批評を中心に執筆活動に取り組む。著書に『ネトウヨとパヨク』『空気が支配する国』など。 協力:新潮社 新潮社 波 Book Bang編集部 新潮社
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