あらゆる困難を鎮めるために演劇はある 『子午線の祀り』成河インタビュー【前編】
「レシピ通り」に作る事で見えてくる世界
日本演劇史上、忘れてはならない不朽の名作『子午線の祀り』。『平家物語』を核に、宇宙からの視線で人間の営みを見つめた木下順二による壮大なスケールの叙事詩であり、生身の観客にダイレクトに問いかけてくる、現代劇の金字塔でもある。1979年の初演時から、能・狂言、歌舞伎、現代演劇など異なるジャンルの俳優が集い、「群読」というコーラスのような独特の朗誦を行うスタイルも大きな特徴。2017年の野村萬斎による新演出版から源義経役を演じる成河にとっても、かけがえのない作品になったようだ。 【全ての写真】『子午線の祀り』成河インタビュー前編 ――義経役は、これまで狂言の野村万作、歌舞伎の市川右近(現・右團次)と、ジャンルとしては古典演劇の俳優さんが担ってきた役の印象があります。 その棲み分けは、木下順二先生の中にもたぶんあったでしょう。初演時は作品を立ち上げる段階で、カンパニーの顔ぶれを見ながら創っていかれたのだと思います。大ざっぱに分けちゃうと、モノローグに重心を置いた人物か、ダイアローグに重心がある人物か。それでいくと、義経は確かに伝統芸能のモノローグ的な語り口ですし、平家を支える豪族の阿波民部重能役は、ダイアローグが多くて新劇の俳優さんが演じてきた役。ただ、この作品には「どちらかの専門に分かれているようじゃだめ。モノローグとダイアローグを両立できるベーシックをつくりましょう」という、日本の演劇の俳優たちへの木下先生の問題提起があると思うんです。俳優には時代による流行の身体というものがついて回りますし、ほんとうに両立するには100年くらいかかるでしょうけど、なんとか格闘しているうちに、ベーシックがうっすらと提示できるのが理想かな、と思ってやっています。 ――義経=モノローグ=古典のせりふ術をどのように獲得されたのでしょう。 とにかく万作先生のコピーから始めようと決めていました。楽しかったですよ。まずは過去の上演作のせりふを音源化して、ずっと聴き続けました。万作先生は言葉の音の運びが見事で、聴いているだけで、ほんとに多くのことを教えてくださいました。ほんのひとこと発する際にも、言葉の運び、強弱、緩急、長短等がめちゃくちゃ厳密なんです。「ここは1.5秒くらい延ばし、次に紙一枚差し挟んでからちょっと下げ、すぐに上げようか」という感じで、万作先生に細かく言われてる感じ。先生の完コピなんてできるわけないんですけど、そう思えば思うほど、やっていて楽しくてしょうがない(笑)。万作先生の語りを聴いていると、情景がすべてわかるんですよ。どこにいて、どんな季節で、暑いのか寒いのか。すべて音の運びで分からせるようになっていて、それは「暑いと信じ込むんだ!」と感情をコントロールして演じるような、現代的な幼稚さからは生まれないものなんです。厳密なレシピ通りに作ってみることで、初めて見えてくる世界なんですね。さらに、以前義経役をやられた右團次さんは、万作先生とはまったく異なる華やかな語り口なので、それも折々でお借りして、いろいろブレンドしながらやっていくことで、自分の個性が徐々に出てきたようです。