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『ミラーズ・クロッシング』フィルム・ノワールの裏に隠された、報われない恋の物語

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CINEMORE

“森の中に佇むギャングたち”から生まれたフィルム・ノワール

 コーエン兄弟は、これまで数多くのオリジナル脚本を手がけているが、既存の文学作品を手がかりにして着想を得た映画も多い。『ビッグ・リボウスキ』(98)はレイモンド・チャンドラーの「大いなる眠り」、『バーバー』(01)はジェームズ・M・ケインの「殺人保険」、『オー・ブラザー!』(00)は古典叙事詩「オデュッセイア」。  『ミラーズ・クロッシング』(90)もまた、ダシール・ハメットが1931年に発表したハードボイルド小説「ガラスの鍵」の影響を大きく受けている。町の実力者マドヴィグと、彼に絶対的な忠誠を誓うネドの関係は、そのままレオ(アルバート・フィニー)とトム(ガブリエル・バーン)の関係に当てはめることができるだろう。しかし、コーエン兄弟はこのストーリーから帰納法的にプロットを紡ぎあげたのではない。むしろ彼らは、あるぼんやりとしたイメージから映画を膨らませた。  森の中にオーバーを着たギャングの大物たちがいる。森という情景に都会のギャングを配したアンバランス…。そういうひとつのイメージから、この映画は想を練っていった。(劇場プログラムより抜粋)  だが、“森に佇むギャングたち”という視覚的イメージを先行したシナリオ作りは難航を極める。コーエン兄弟は2ヶ月間作業を棚上げし、その間に『バートン・フィンク』(91)の脚本を書き上げてしまったくらいだ。苦難を経て『ミラーズ・クロッシング』のストーリー作りは完成するが、出来上がった作品はハリウッド的娯楽作品からは遠く離れた、異色のフィルムノワール。前作『赤ちゃん泥棒』(87)の成功を受け、より多くの予算、より野心的な映画を撮る機会を与えられていたからこそ、『ミラーズ・クロッシング』は産み落とされたのである。

ギャングのボスに友情以上の感情を抱いてしまった男

 いきなり核心をつくようだが、筆者はこの映画を「ギャングのボスに友情以上の感情を抱いてしまった男の、報われない恋の物語」だと考えている。ミもフタもない言い方をしてしまえば、レオに片思いするトムの悲恋話だ。  知恵者だが腕っ節は弱いトムは、映画でやたら殴られる。世界最大の映画データベースIMDbによれば、彼は顔を12回殴られ、腹を20回殴られ、顔を2回蹴られ、階段を2回転げ落ち、財布で殴られ(しかも中年女性に!)、全力疾走中につまずいて転び、首を絞められている。ギャング映画史上、最弱とも思える主人公だ。一方のレオは、老齢にも関わらずマシンガン片手に撃ちまくり、殺し屋を返り討ちにするほどのタフガイ。そんなレオに、トムは密かな恋慕の情を抱いていたのではないか。  よくよく考えてみると、バーニー(ジョン・タトゥーロ)、ミンク(スティーヴ・ブシェミ)、デイン(J・E・フリーマン)と、この映画には多くの同性愛者が登場する。しかし、トムのレオに対する想いはよりプラトニック。その恋は成就することがないことを知りつつ、トムはレオの片腕として忠誠を誓う。だが、ヴァーナとの結婚を告白するレオに対して、トムの自制心は大きく揺らいでしまう。彼は、ヴァーナが自分と浮気をしていたことを暴露してまで、二人の仲を裂こうとするのだ。  レオ「おれとのあのケンカも仕組んだ芝居だろ?」  トム「さあね。人は計画ずくめじゃない」  映画のラストで二人はこんな会話を交わす。レオは、窮地を救うためにトムが一計を案じて浮気を告白したと考えているが、トムにしてみれば感情が爆発してしまっただけ。決して「計画ずくめ」ではなかったことを暗に匂わす。  2015年のインタビューでキャスパー役を演じたジョン・ポリトは、ヴァーナを演じたマーシャ・ゲイ・ハーデンが、「ガブリエル・バーンが自分に対して冷たく、遠く離れている感じがする」と不満を漏らしたことを明らかにしている。だが、考えてみれば当たり前の話。レオを愛するトムにとって、ヴァーナはむしろ恋敵の存在なのだから。ガブリエル・バーンはトムというキャラクターをきちんと理解したうえで、マーシャ・ゲイ・ハーデンと距離を取っていたのかもしれない。

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