中国のEV新興企業が起こしたリコールから分かること
バッテリーが要因? 発火でリコール 複数の報道によると、中国のEV(電気自動車)新興企業であるWM Motorは2020年10月下旬、同社の自動車4台がわずか1カ月で発火し、1000台以上をリコールするという。 Teslaのバッテリー生産工場「ギガファクトリー」 画像:Tesla(クリックで拡大) リコールの対象となったのは、2020年6月から9月までに生産されたWM Motorの「EX5」。2015年に設立されたWM Motorは、発火の原因について「バッテリーセル内の汚染物質が引き起こした可能性がある」としている。 同じ車種で「1カ月に4台が発火」というニュースは、専門家たちに疑問をもたらした。 ・これは異常値なのか ・原因は電池セルのサプライチェーンにあるのだろうか ・中国にはEVバッテリーの安全基準があるのだろうか ・もしあるとしたら、WM Motorの車両は基準を満たしていたのか。であれば、なぜ発火する事態となったのか ・BMS(バッテリー管理システム)についてはどうか。バッテリーセルの過熱についてアラートを発するなどの対処はできなかったのか 中国のEVスタートアップが急増していることを考えると、今回の件は、経験の浅さによる、中国メーカー“特有”のものだと考えたくなる。 だが、より深く掘り下げてみると、EVバッテリーの安全性を確保することは、中国だけでなく世界中のEVメーカーにとっても、決して「解決済みの問題」ではないことが分かる。 EVベンダーが航続距離の延長や充電の高速化に向けて競争している中で、課題は増えている。このような技術改善は必要だが、地道な取り組みや開発が求められる分野でもあるため、EVバッテリー開発に大きなプレッシャーがかかり、技術革新や実車搭載が早過ぎるというリスクも招く可能性がある。 WM Motorによると、幸いなことに今回の発火では負傷者は出なかったもようだ。だが、「発火」を引き起こしたことは、全てのEVサプライヤーにとっては悪夢のような出来事なのだ。 VSI Labsの創設者兼プレジデントのPhil Magney氏は、「これはホットな問題だ(ダジャレではない)。リチウムイオン電池は非常に可燃性が高く、高温で燃え、消火が困難だ。EVの火災は極めて深刻なので、救急隊員や消防署では特別な訓練を受けて対処している」と述べる。同氏は「全てのバッテリー管理コンポーネントは、機能安全の最高レベルであるASIL-Dに適合するようにするべきだ」と指摘する。 サプライチェーンの課題 Teslaがまだ初期段階のころ、同社の主要な電池供給メーカーはパナソニックだった。自動車業界のベテランアナリストであるEgil Juliussen氏は、「Teslaは当初、品質に実績のある日本メーカー1社のみを頼りにすることで、EV用バッテリーの品質を維持しながら、バッテリーのサプライチェーン管理に関する問題を低減することに成功した」と述べる。 近年では、バッテリー供給に関する制約がますます強まっている。 Teslaが2018年に「Model 3」の量産を開始した時、Elon Musk氏がパナソニックに対し、Teslaの“生産地獄”にバッテリー供給が追い付いていないことを非難したのはよく知られているだろう。その後Teslaは、パナソニックの他に、中国のCATLや韓国のLG Chemにもバッテリー供給を頼るようになった。そして、Teslaは2020年9月、「バッテリーを内製化することで、EVの走行距離や電力を向上させていく」とする計画を発表した。 しかし、EVの新興企業の大半は、自社供給に対応するような余裕はない。 Juliussen氏は、「自動車メーカーにとっては、EV用バッテリーを調達するに当たり、サプライチェーンをあらゆるレベルで管理、追跡することがますます重要になっている。この中には、電池材料の確保から製造の品質管理に至るまでの全てが含まれる」と述べる。 中国のEV市場に対する野心 中国は依然として内燃機関自動車市場では弱い立場にあるが、中国の新興自動車メーカーにとって、EV市場の障壁は、内燃機関自動車市場と比べてはるかに低いといえるようだ。Juliussen氏は以前に、EE Timesに掲載されている同氏のコラム「Egil’s Eye」の中で、以下のように語っている。 「中国は、BEV(電池式電動自動車)や自動運転車、基礎技術などに関連するIP(Intellectual Property)分野において、リーダー的地位を確立したいと考えている。自動車業界で主導権を握るためには、自動運転車技術とBEVが重要な要素になると確信しているようだ」 Juliussen氏は、「実際のところ、電気自動車は現在も、成長の一途にある新しい市場であるため、ベンダー各社は、絶え間なく技術革新に取り組み、遅れずについて行くことが求められている。また、材料を確保するための参入コストが低いことや、サプライチェーンの複数ポイントにおいて品質管理が異なることに加え、中国の自動車メーカーによるバッテリー調達やEV投入でも競争が加速していることも相まって、さまざまな問題が生じている。このように、中国のEV関連市場は非常に複雑で、小さなミスを発生させる余地が大いにあるため、文字通り“火種”となっているのだ」と述べる。 中国のEV安全規格 しかし、「EV市場の世界的リーダーになりたい」という中国の野心を見くびってはならない。 ULのコーポレートフェロー兼エンジニアリングディレクターを務めるKen Boyce氏は、EE Timesのインタビューに応じ、「中国は現在、自動車の電化を強力に推進し、輸送市場において世界リーダーになるための取り組みに注力しているところだ。さらに、EVの標準規格向けの世界統一基準(GTR:Global Technical Regulations)を、中国独自の国家規則に取り込むべく、短い期間で大きな進捗を遂げている」と述べている。 現在のところ、EV向け標準規格としては、1)電気自動車の安全性(電池の安全性)、2)電気自動車(乗用車)使用時の安全性、3)電気バスの安全性、の3つが存在する。中国自動車業界は、国家を中心とした規則方針に従って活動している。Boyce氏は、「中国では現在、3種類の電気自動車向け安全規格が任意国家規格(GB/T)とされているが、これらは2021年1月に、強制国家規格(GB)に格上げされる予定だ」と説明する。 Boyce氏が率いるULの研究チームは、ホバーボード向けの安全要求規格を極めて迅速に策定したことで広く知られている。ULは、安全に関する深い専門知識に基づいた機敏な対応を実現し、2016年1月にホバーボードの発火について規定した「UL 2272」を発行している。ホバーボードは2015年に、ホリデーシーズンの贈り物として不可欠な商品の一つとされていた。 ホバーボードに必要とされる安全性分析および技術研究のプロセスと、EVの安全規格向けに必要なプロセスには、ほとんど違いがない。Boyce氏は、「ただし、さまざまな業界や国に適用される規則方針を変える場合には、違いが生じる。さらに、EVの安全性を確立するには、かなりの複雑性が生じる。例えば、バッテリー設計プロセスの検証や、バッテリー規格の検証方法の確立(例:実証に基づいたバッテリー性能試験が行われているかどうか)、バッテリーの酷使に関する検討、製造上の品質管理などが挙げられる」と述べる。 多くのバッテリーが中国で製造されているという点や、EVの安全性は包括的な方法で管理しなければならないという点を踏まえ、バッテリーとEV両方の試験を行うことが重要視されるようになってきた。Boyce氏は、「ULは、拡大の一途にあるEV市場をサポートすべく、2019年に中国・常州市において、大規模なバッテリーラボの建設に着工した。そしてこのラボが稼働を開始した2020年10月28日に、WM Motorの電気自動車『EX5』のリコールが発表されたのだ」と述べる。 ULは、「EV市場が引き続き成長を遂げる中、メーカー各社が、バッテリーおよび充電機能の性能や安全性を高めるべく、知識が豊富で信頼性のあるサードパーティーラボを探し求めていることから、今後、EVバッテリーや充電に対する評価、テストの需要が急増していくだろう」と述べている。 中国は、EVとバッテリーの水準を高めて安全科学(Safety Science)を推進していくことを目標に掲げている。 WM Motorは同社のWebサイト上で、自らを「中国国内で新しいエネルギーモビリティソリューションを提供することが可能な、有力企業である」と位置付けている。また、「普及価格帯のBEVを設計、製造し、市場投入を実現していく。WM Motorの自動車は、独自開発した最高クラスのBMSを搭載、優れた走行距離を実現し、業界をリードする自動運転/スマートコネクティビティ機能を提供することができる」とも記載されている。 【翻訳:田中留美、編集:EE Times Japan】
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