コロナとインフルエンザの防護策を知る|ウイルス学の観点から
3人の専門家に聞いたコロナ&インフルエンザの最新状況。「1/100作戦」を提唱している宮沢孝幸先生にウイルス学の観点から教えてもらう。
ファクターXは、日本人の生活習慣?
── 先生は、ウイルス学の専門家として4月から「1/100作戦」を提唱していらっしゃいます。具体的にはどんな作戦ですか? 1/100作戦とは、新型コロナ感染の入り口となる目、鼻、口に付着するウイルス量を通常の感染時の100分の1にして、感染をほぼ防ごうという作戦です。 ── 100分の1という具体的な数字はどこから出てきたのですか? その前に知ってもらいたいのは、ウイルスが1個でもあれば感染が起こるわけではないという事実。新型コロナでどのくらいのウイルス量があれば感染が成立するかは、まだわかっていません。 新型コロナの仲間である“中東呼吸器症候群(MERS)”ではウイルス粒子10万個で1個の細胞にしか感染しないという報告もあります。ウイルスすべてが細胞に感染する能力を持っているわけではないのです。 ── 少し安心しました。では、改めて100分の1の根拠とは? 新型コロナは、発症前後数日はウイルスを他人にうつしやすいことが知られています。感染から10日ほどで唾液中のウイルス量は、およそ100分の1となり、他人にうつすリスクはなくなります。 このことから、感染経路に暴露するウイルス量を100分の1にすれば、感染がほぼ防げるとわかります。ウイルスとの接触をゼロにしなくてもいいのです。 ── 感染経路には、飛沫感染、接触感染、空気感染の3つがあるとされています。具体的にそれぞれどのような対策で、ウイルスは100分の1に減らせるのでしょうか。 3つのルートの中で、もっとも感染リスクが高いのは、飛沫感染。感染者が、マスクなしのノーガード状態で、ウイルスを大量に含む大きな飛沫を飛ばすような状況は避けないといけません。互いにマスクをし、感染者の飛沫が10分の1になり、対面する人がそれを吸い込むリスクが10分の1になれば、10×10=100分の1にすることが可能です。 ── 接触感染はどうでしょう。 手洗いで防げます。それも石けんで手首まで30秒もかけて洗う必要はありません。ノロウイルスは、流水で15秒ほど手洗いするだけで、手に付いているウイルス量は100分の1になります。ノロウイルスと新型コロナは違うと言われそうですが、ウイルス学的にはほぼ同じ挙動を示すと考えていいと思います。 ── 空気感染については? 世界保健機関も注意喚起しています。 新型コロナで空気感染が起こるのは、相当“密”な状況に限られます。空気感染とは、呼気で感染するもの。麻疹や水疱瘡、百日咳のように、電車の同じ車両にいるだけで感染が起こります。 空気感染する感染症は、感染者1人が何人にうつすかという基本再生産数が、通常〈8〉を超えます。新型コロナの基本再生産数は〈1.4~2.5〉、国内では〈1.7〉程度で、インフルよりも低い。もし空気感染するなら、3密になる通勤電車やバスでクラスターが起こってもおかしくありませんが、そうした事例を私は知りません。 換気は必要ですが、新型コロナを怖がるあまり、冬場に換気しすぎて寒くて凍える人が出たら困るので、あえて“空気感染はそれほど心配ない”と言いたいです。 ── 新型コロナは、エアロゾル(空気中を長時間漂う極微粒子)で感染を起こすという話もあります。 日本のウイルス学の教科書には、エアロゾル感染という概念はありませんでした。スーパーコンピューターで解析すると、エアロゾルが衝立を越える様子などが可視化されるので心配になりますが、どのくらいのエアロゾルで感染が起こるかは、まだはっきりしていません。 ── 日本で重症者、死者が少ないのも、知らない間に1/100作戦を実践している人が多いから? そう思います。未知のファクターXを想定しなくても、日本人の生活習慣が新型コロナの感染を抑えているのです。 たとえば、日本には欧米のようにハグやキスの習慣はありませんし、自宅でも土足で過ごしたりしません。お手拭きの文化もあるし、飛沫が飛ぶほど大声で話す人も少ないですし、マスクで口を覆うことに違和感も抵抗感もありません。