五木ひろしが語る──腕時計、生き方、そして50回目の紅白
時計業界の常識にとらわれることなく、人それぞれの“腕時計の楽しみ方”を探っていく連載シリーズ。第5回に登場するのは、いよいよ年末最大のビッグイベントであるNHK紅白歌合戦に連続50回出場、という前人未到の大記録を打ち立てようとしている歌手の五木ひろしさんだ! 【写真を見る】五木ひろしさんの時計コレクション
英雄(スター)は、英雄(スター)を知る
五木ひろしさんといえば、日本人なら知らぬ者はない超々大物歌手である。ひょっとすると、ミレニアルズにとっては、かれのモノマネをするタレントの方により馴染みがあるかもしれないけれど。いずれにせよ、今年で紅白連続出場50回目という大記録の持ち主の時計趣味は、やはり並みではなかった。リシャール・ミル、パテック・フィリップ、オーデマ ピゲ、ブレゲといった夢のような腕時計コレクションのうち、今回見せていただいたのは、その”ごく一部”に過ぎないけれど、これらの時計にまつわる「お話」がけたちがいにおもしろい。圧倒されっぱなしだった。 奢らず、己をひけらかさず、という五木さんの人生の美学に唱和するのが五木さんの時計趣味。インタビューでは、昭和の銀幕を飾った本物のスターたちとの知られざるエピソードも飛び出した。紅白や歌番組に興味のない筆者ではあるが、今回の取材であっけなく五木ファンになってしまった。未曾有の事態に見舞われた2020年を、「歌手・五木ひろし」の歌で心穏やかに締めくくれればしめたものだ、と思う次第である。
『よこはま・たそがれ』とパテック・フィリップ
『よこはま・たそがれ』──五木ひろしさんが一躍スターダムへと駆け上がるきっかけとなった、1971年発表の名曲だ。この曲が世に出るまで、五木さんは生活費にも困るほど売れない若手歌手だった。もっといえば、五木さんですらなかった(”五木ひろし”は4つ目の芸名)。だが当時から、クルマや時計には強い憧れを抱いていたという。 「はじめて時計に興味をもったのは、20歳くらいのころだったかな。全然売れない時代だったから、雑誌の写真などを見てただ憧れているだけでしたけどね。なんとか安定した収入を得られるようになったのは、“五木ひろし”の名を使うようになる少し前の、22歳くらいのころだと思います。 そのころ、探して、探して、ようやく手に入れた最初のクルマが、中古のマツダ・ファミリア クーペ。僕にとってクルマと時計というのはセットのようなもので、時計はスイスのユニバーサルというメーカーのものを購入しました。でも相変わらずお金はなかったから、質屋に時計やカセットデッキを持ち込んでお金を貸してもらうということを繰り返していて、あるときついに、その時計が流れて(人手にわたって)しまった。時計にはいい思い出が多いけど、心ならずもお別れしてしまった悲しい思い出もあるんですよ」 五木ひろし名義で初めて発売した『よこはま・たそがれ』の大ヒットにより、その年、1971年のNHK紅白歌合戦に初出場。晴れて人気歌手の仲間入りを果たした五木さんは、そのお祝いとして、懇意にしていた知人から腕時計をプレゼントされたという。それが、パテック・フィリップのものだった。 「もちろんパテックは、当時から時計の最高峰。嬉しい反面、そんなに高い時計を着けるなんてもったいなくてね。いきなり“頂点”が手に入ってしまったので、その中間のような、てっぺんにいたる過程となるべき時計を買おうと考えました。この過程を経ないことには、パテックを身に付けるわけにはいかないぞ、とね(笑)。それが、五木ひろしとしての時計キャリアのスタート。ちょうど50年前のことですね」 NHK紅白歌合戦に50年連続出場した歌手はほかにいない。まさに日本を代表し、象徴する歌い手だ。