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「命懸けの仕事」機雷を除去…海上自衛隊OBが語る“戦後処理”

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西日本新聞

 海上自衛隊OBの中山英二さん(85)は、退職して長崎県佐世保市天神で暮らす。小高い場所にある自宅から少し登れば、佐世保港が見渡せる。部屋には趣味の風景画が並ぶ。 【写真】日本近海の機雷を除去する掃海艇群  熊本県伊倉町(現玉名市)出身。国民学校5年生だった1945年8月9日、町の防空壕(ごう)から雲仙方向に原爆の黒い雲を見た。高校を卒業して「2、3年勤めてお金をためたら絵の学校に行こう」と考え、海上自衛隊の前身である海上警備隊に入った。  2年後、佐世保を母港とする海自の掃海艇に配属。任務は米軍や旧日本軍が日本近海に埋めた機雷を除去する「戦後処理」だった。朝鮮戦争中は海上保安庁の掃海艇が機雷に触れ、死傷者が出ている。

 「当時の掃海艇は米国に借りた木造船で、漁船より少しましな程度。隊員は命懸けで仕事をした」  中山さんは掃海部隊が長く、85年から87年まで掃海艇「たかしま」の艇長を務めた。海を離れてからも、海自のニュースを見るたび後輩たちを思いやる。  「国際情勢の変化で、任務はわれわれよりはるかに多い。予算も人手も足りていないのではないか」  91年の湾岸戦争後、掃海部隊がペルシャ湾に派遣されてから、海自の活動は世界に広がっている。2001年からのテロ対策では、補給艦や護衛艦がインド洋で米国などを支援した。

 ソマリア沖アデン湾で09年に始まった海賊対処活動には佐世保の艦船も参加。今年5月、中東で日本関係船舶の安全に必要な情報を集めるため、護衛艦「きりさめ」が出港した。  佐世保を拠点とする陸上自衛隊水陸機動団と離島防衛の訓練も重ねる。東シナ海や南シナ海への進出をうかがう中国に対する抑止力は重要度を増している。  OBが気に掛ける任務の多様化と隊員不足。19年の防衛白書によると、海自の隊員は定員より約2800人少ない4万2550人。関係者は「特に若い隊員が足りない」と話す。  20代の海自隊員は、教育隊に入るときの「服務の宣誓」を思い出す。

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