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どんなときも作品との出会いは止まらない 『泣きたい私は猫をかぶる』が描く幸せを感じるための大冒険

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20数年前のことになるが、ある打ち合わせの席での雑談で「いまの若い人を見ていて、“幸せを感じる能力”が低下しているような気がすることがある」と言った人がいたのだが、その言葉が妙に心に残った。なんでなのか、なら幸せを感じるとは何か。ではフィクションではそれはどう描けば受け手の多くが頷けるものとなるのか。気になったキーワードだったが、その解がどうにも見えなかった。 40代も半ばを過ぎた頃からそんなことも忘れてしまっていたが、久々にそのことを思い出した。きっかけとなったのが、Netflixで独占配信が始まったアニメ映画『泣きたい私は猫をかぶる』だ。 同作は発表時から公開を楽しみにしていた作品だった。幾多のオリジナル作品でアニメファンを魅了してきた岡田麿里が脚本。監督は佐藤順一と柴山智隆。『ペンギン・ハイウェイ』の面白さが記憶に新しいスタジオコロリドの長編アニメーション第2弾作品となる。発表されたスタッフ名やスタジオ名の全てが「今度は何を見せてくれるのか」とワクワクさせてくれた。 本作は6月の劇場公開予定が新型コロナの影響によって急遽Netflixでの配信に切り替えられたことも話題となった。正直に書くと、このあまりに早かった決断から僕はちょっと勘違いをしてしまった。「もしかして、よくある、ビデオ作品の先行劇場上映のような作品だったんだろうか?」という勘違いだ。だがそれは全くの的外れであった。本編を見終えて真っ先に思ったのは「これを劇場にかけずいきなり配信とは、なんてもったいない!」だ。見ている間に何度も、製作側がこれをスクリーンにかけることを諦める決断をしたことにあらためて驚かされた。どれだけの、部外者には想像も及ばない苦渋の葛藤があったのだろう。 全編が劇場の大きなスクリーンを意識した緻密で繊細で広い映像で展開する、まさにアニメ映画だ。そしてそこにあったのが僕が歳をとってちょっと忘れてかけていた“幸せを感じる能力”を描く物語への一つの解だったのだ。

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