タニグチリウイチの「今のアニメを知るために」:第8回 見里朝希監督の『PUI PUI モルカー』が生き生きとしているワケ
タニグチリウイチの「今のアニメを知るために」:第8回 見里朝希監督の『PUI PUI モルカー』が生き生きとしているワケ - Part 1
『PUI PUI モルカー』、『ポプテピピック』、『ジュラしっく!』。人形アニメもあればクソアニメや老舗アニメ制作会社の実験作品もあってと、脈絡なく並んでいるタイトルに共通しているのが、東京藝術大学大学院の映像研究科アニメーション専攻から出たクリエイターたちが関わっているという点だ。いずれも、独特のテイストを持ったアニメーションを商業作品の中で見せ、話題になっている。藝大に限らず芸術系の大学でアニメーションを学び、商業作品に携わるクリエイターも少なくない。アカデミズム出身者による作品の、いったい何が注目を集めているのか? 『蜘蛛ですが、なにか?』を始め、小説投稿サイトから出た作品のアニメ化が相次ぎ、『呪術廻戦』や『進撃の巨人 The Final Season』といった漫画原作のアニメも好調な2021年のアニメ戦線で、ぐいっと抜け出した作品が、『PUI PUI モルカー』だ。 「タニグチリウイチの「今のアニメを知るために」」画像・動画ギャラリー 監督したのは、藝大院で『ニャッキ!』などで知られる伊藤有壱教授に師事し、アニメーションを学んだ見里朝希。生きたモルモットたちが車となって暮らす街で起こる出来事を、『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』のようなコマ撮りで描き、展開のシュールさやモルモットたちの可愛らしさ、そして人間の愚かさが感じられる内容を見せて大評判になった。 この『PUI PUI モルカー』で重要なのが、羊毛フェルトという素材が使われている点だ。形を自在に変えられる上に、ふわふわとした質感で、モルモットという生き物の雰囲気を作り上げた。これに、微妙に振るわせ表情も付けて生きた感じを出すアニメーターの仕事も加わって、生々しさすら感じられる世界が作り上げられた。 モルモットを表現するのだから、羊毛フェルトを使ったまでとも言えそうだが、見里監督には実はもう1段、踏み込んだ理由があったのかもしれない。それというのも、アニメーションと素材についていろいろと考えた時期があるからだ。 藝大院へと進む前、武蔵野美術大学を卒業した際に見里監督が制作した『あたしだけをみて』という作品も、羊毛フェルトを使ったストップモーションアニメーションだった。付き合っている男子が、他の女子に関心を向けるのに嫉妬心を燃やす女子の情念が、自在に動く柔らかい素材によって見事に表現されていた。 この『あたしだけをみて』が2016年3月、東京アニメアワードフェスティバル2016の中、学生の卒業制作を上映して海外のアニメーションのプロデューサーから講評を受ける企画で、武蔵美代表に選ばれた。見たプロデューサーが言ったのは、「どうして羊毛フェルトを使ったのか?」という問いだった。 使いやすい素材ではあるし、表現にも効果的だったが、他の素材では絶対に作れない作品だったとは言い切れない。羊毛フェルトを使うなら羊毛フェルトである必然性を持った表現を追求するなり、表現したいことにマッチした素材を使うことが、世界では求められている。そんな指摘を受けた見里監督は、進学した東京藝大院で1年次に『Candy.zip』という作品を手がけた。 キャンディのような樹脂で、キャンディにされてしまった女性のエピソードを描いて素材とストーリーとのマッチングを図った見里監督は、改めて羊毛フェルトを選び、修了作品となる『マイリトルゴート』を制作した。狼に食べられ、消化される前に助けられたため、ただれた部分ができた子ヤギたちが暮らす家に引きずり込まれた少年を通して、親による虐待や過剰な溺愛を描いた内容には、『PUI PUI モルカー』の中に漂うシュールさの源流が見て取れる。 東京アニメアワードフェスティバル2018で『マイリトルゴート』は、『あたしだけをみて』と同様に学生作品を上映するプログラムに出品された。そこで、『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』のセバスチャン・ローデンバック監督から、メッセージ性とストーリー性がはっきり出ていて好きなジャンルの作品で、羊毛フェルトの材料にも意味を感じられると褒められた。2年前のリベンジがかなった瞬間だった。 この『マイリトルゴート』を世界中の映画祭に出品し、賞を取りまくった実績をバックに手がけた『PUI PUIモルカー』が、これほどまでに素材とのマッチングの良さを見せている理由に、長い探求があることが分かるだろう 。 教育や実作を通して学び得た、素材とストーリーに対する向き合い方が、『PUI PUI モルカー』の世界を支えて今の世界的な人気を呼んだ 。
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