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<エンタメノート>知恵袋、博覧強記の「先生」 旭堂南陵さんを悼む

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毎日新聞

 落語の「転失気(てんしき)」は、知ったかぶりの和尚(おしょう)さんが巻き起こす一騒動がおもしろいのだけれど、近ごろは知ったかぶりではない「ホンモノ」の物知り、ありがたい「先生」がとんといなくなってしまい、ネット検索が大きな顔をしている。  あの立川談志さんですら知りたい時に頼りにしたのが、上方では桂米朝さん、そして東京では講談の一龍斎貞水さん。「夜中でも電話がかかってくるんだよ」と「貞水先生」は話されていた。  そう、お気づきのように、講談師は「師匠」ではなく「先生」と呼ぶ。これは神田伯山さんのおかげで、「神田さんではなく伯山さん」と芸人は亭号(名字ではない)では呼ばないことと合わせて、かなり認知されるようになった。そうでないと、関西の講談界は、ほぼ全員「旭堂(きょくどう)」だから見分けがつかなくなる。      ■  30日に亡くなった四代目旭堂南陵さんは、知恵袋、博覧強記の「先生」だった。普段はいつもストラップを首にかけてガラケーを胸ポケットに差し、メールや電話をまめにされていた。講談本の立川(たつかわ)文庫など講談史研究にも力を入れ、博士号まで取得。大阪芸術大などの客員教授も務めた。  文化庁芸術祭大賞を受賞した独演会での「安宅勧進帳」(2011年、国立文楽劇場小ホール)は、弁慶と富樫の場面で、笑いに走ることなく、講談の魅力を改めて引き出した。  「南陵先生」には、大阪で知らない芸能の歴史をずいぶん教えていただいた。昨年、旭日中綬章を受章され、ご無沙汰していたのでいち早くお祝いのメールをお送りすると、「また一緒に!」とすぐ返事が来た。  きょう31日の夜、東京・新宿で叙勲と水木十五堂賞(奈良県大和郡山市など主催)受賞を祝う「パーティーはしません記念講談会」で久しぶりにお会いできると思っていたが、直前で中止となり、新型コロナでだろうと勝手に思っていた。  今月上旬、体調不良で検査し膵臓(すいぞう)がんと判明。急変だった。桂文枝さんによると、つい10日前に「実はがんで入院してまんねん。余命1カ月や言われて」と電話があったという。最後まで電話でお別れのあいさつをされていたのだろう。      ■  年配の方には襲名前の「小南陵さん」の名が懐かしいかもしれない。堺市生まれで、その後兵庫県西宮市に移ったが、堺での「夢浪漫亭おたび寄席」は1974年に始まり今も続いている。長良川河口堰(ぜき)反対など自然保護運動にも取り組み、89年、39歳で社会党から参院選に出馬し当選した。  ところが94年、衆院への小選挙区比例代表並立制導入を柱とした政府の政治改革関連法案では、細川連立政権の与党議員だったのに造反し離党。2期目に挑んだが落選する。「忖度(そんたく)」がはびこる今の政治とは大違いだ。  03年には弟弟子らとの間で内紛があり、現在、関西の講談界は三つの協会に分かれている。東京の落語界、講談界もかつてたもとを分かったことがあり、東京の落語界は現在4団体があるが、今もいがみ合っているわけではないし、落語協会の柳亭市馬会長と落語芸術協会の春風亭昇太会長の二人会だって開かれている。だが、一度こじれた関係を修復するには時間がかかる。  15年10月、東京・湯島天満宮では貞水さんの高座60年記念公演として「東西競演講談会」が開かれた。最初に登場した貞水さんの弟子でアニメ「ちびまる子ちゃん」などでもおなじみ、一龍斎貞友さんは、こう話した。  「きょうはなんと、たぶん、ほぼ初にして、最後かもしれない、大阪の3巨頭の先生がご出演です。通の皆さまがお集まりで……」。  南陵さん、旭堂南鱗(なんりん)さん、そして旭堂南左衛門さんという三代目南陵一門の兄弟弟子、そして今はそれぞれが別の団体を率いる3人の競演が、貞水さんのおかげもあって、東京だから実現した。3人ともそれぞれのことに触れることもなく、トリの貞水さんは「きょうは上方3人そろってますから、ケンカしたら負けちゃう」と和ませた。こちらも緊張しながら見ていたが、講談の力を改めて見せつけてくれた記憶に残る会となった。そして、貞友さんの言った通り、最後の競演となってしまった。      ■  南陵さんはまだ70歳の若さだった。芸人は亡くなると芸をすべてあちらへ持っていってしまう。まだまだ聞いておきたいことがあったけれど、こればかりは仕方がない。お笑いコンビから講談師の活動を再開した弟子で長男、旭堂南也さんのツイッターによると、南陵さんは「クソー」と悔しさを吐露する一方で「俺の死を悲しんでくれるな」とも話していたという。  世代交代は止めることができない。関西の、そして東西の講談は今後どうなるのか、と心配する方も少なくないだろう。南陵さんの弟子、そして東西の若手講談師は伯山さんのブレークを意識しているし、それぞれの努力を重ねている。  南陵さんの筆頭弟子、旭堂小南陵さんは、昨年、大阪市此花区に講談中心の寄席「此花千鳥亭」を開き、旭堂南龍さんら若手、中堅の芸人とともにテレワーク寄席や有料配信を進めている。二番弟子の玉田玉秀斎さんは玉田派の名跡を復活させた。旭堂南春さんはアメリカ出身。南陵さんが応援したOSK日本歌劇団で男役トップを務めた桜花昇ぼるさんは旭堂南桜として活動している。  そして、東西の若手、中堅講談師は、今年はコロナで中止になったが、所属を超えて師匠ではない先輩に稽古(けいこ)を付けてもらう「伝承の会」などで交流が広がっている。くしくもコロナの影響で東西を結んだ「オンライン競演」も可能になった。  もしコロナがなかったら、東京は貞水、神田松鯉、一龍斎貞山、関西からは南陵、南鱗、南左衛門といった先生方が並んだ伯山さんのお披露目が見たかった。でも、進む雪解けは誰にも止められない。講談が注目されている今こそ、伯山さんに続く若手、中堅の奮闘は先人の手向けになるだろう。【油井雅和】

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