Yahoo!ニュース

IDでもっと便利に新規取得

ログイン

「自分の限界を見たい」パラ競泳・山田拓朗が東京への挑戦を語る

配信

  • この記事についてツイート
  • この記事についてシェア
みんなの2020

13歳のときにアテネパラリンピックに初出場し、25歳で出場したリオパラリンピックで銅メダルを獲得。山田拓朗は、常に世界を意識して戦ってきた。東京を見据えて、彼は何を思うのか。写真家の蜷川実花氏が監修する、パラアスリートのグラフィックマガジン「GO Journal」2号の発刊記念イベントでインタビューを行った。

今は2年前のメダルを持ち歩くのがいやになった

――リオから2年がたち、メダルへの思いは変化しましたか? 山田 リオ大会の前から次の東京大会を目指すことを決めていました。その意味ではリオでメダルを取ることができて、自分の中では落ち着いて次に向けてさらに大きなチャレンジができるという気持ちにはなりました。ただ、いまだにイベントなどで「リオのメダルを持ってきてほしい」と言われるんですよね。メダルを取る前は、ものすごく欲しかったのですが、今は2年前のメダルを持ち歩くのがいやになったというか、そろそろ新しいところに行きたい気持ちが強くなりましたね。 ――次回のパラリンピックは東京で開催されます。過去4度パラリンピックに出場している山田選手から見て、選手たちの意識は変わってきていますか? 山田 東京でやる以上、選手としてどうしても出たい大会になると思いますが、同時に東京開催が決まり、オリンピックだけではなく、パラリンピックにもいろいろな予算が付き、環境が良くなりました。それ自体はありがたいことですし、悪いことでもありません。でも、そこに甘えているというか、僕はマイナースポーツの中でどれだけ自分のものを勝ち取れるかという感覚やハングリー精神もパラスポーツの魅力だと感じているのですが、そうしたところは感覚的に薄れていると感じます。

メダルの色よりも「自分の限界を見たい」

――常に世界を意識して戦ってこられた中で、山田選手自身はぶれていませんか? 山田 そうですね。僕の感覚では全く変わりません。周りがどうであれ、自分がやりたいことをやっている意識が強いです。これまでもですが、とにかく自分の限界を見たいという、ただそれだけでやっていて、東京でメダルを取って生活を変えるとか、そういうことはあまり考えていません。どちらかというと、自分が辞めるタイミングで「出し切った」と納得できるパフォーマンスが出せるように準備をしているのですが、それが自分の中ではまだできていないから続けています。もちろん次のパラリンピックが東京開催じゃなかったら、現役を続けていたかはわかりませんし、東京に決まったことで僕自身も出たい気持ちもありますが、僕自身の取り組み自体は何も変わりません。 ――具体的には、自分のベストタイムを上回ることに注力していくのですか? 山田 そうですね。メダルの色というより、まずは自己ベストを更新して、納得できるかどうか。自己ベストを更新して「もうこれ以上は出せない」というくらいのパフォーマンスを出せたのなら、それでメダルに届かなくても悔いはないかなと思っています。 ――リオではベストタイムを出しましたが、そのときの泳ぎにこだわらないと言っていました。泳ぎのフォームをガラッと変えることも、あり得るのでしょうか? 山田 ある程度、泳ぎは固まってきているので、見てあからさまに違うなとか、そのレベルの変化はないと思います。ただ感覚の中では、かなり大幅な変更をすることもあります。特に今はいろいろ試せる時期だと思っているので、これまでやったことのないことにも積極的にチャレンジします。そういうことを繰り返して、良かったこと、悪かったことを自分の中で蓄積して、来年の世界選手権あたりでどういう形で東京の本番に向かうかを決めて、残り1年で精度を高めていくという感覚です。 ――パラリンピックで一番のピークに持っていくために、逆算していくのですか? 山田 精神的にも良い形で本番を迎えるためには、来年の世界選手権の成績が非常に重要です。でも仮にそこの成績が悪くても、さほど気にしません。希望としては世界選手権くらいまでに、ある程度は形にしたいですが、とにかく目標は東京大会。東京の本番の決勝の一本しか見ていませんし、そこまでの失敗は気にしません。

【関連記事】