新型コロナで需要蒸発、ホテル苦渋の閉館 五輪への期待が一転し宿泊激減
夕方になっても、フロントは静まりかえっていた。256の客室がある広島市南区のホテルニューヒロデン。1月上旬、予約はわずか7室だった。昨年12月下旬から1桁の日が続いている。「36年勤めてきて、経験がない少なさ」。総支配人の佐々木亨さん(56)が嘆く。新型コロナウイルスの感染が収まらず、観光客もビジネス客も激減した。 【グラフ】広島県の新型コロナウイルス感染者数と医療提供状況 ホテルは今月末、営業を終える。開業は1974年。耐震改修工事が必要になっていた。新型コロナで売り上げが落ち込み、多額の投資をしても回収できないと判断した。親から子と世代をまたいで泊まってくれた常連客、式場に迎えた何組もの新郎新婦…。閉館を知って駆け付けた客もおり、佐々木さんは歴史の重さをかみしめる。
▽売り上げ75%減
コロナ前は順調だった。JR広島駅近くの立地を生かし、外国人客が4分の1を占めた。昨年開催の予定だった五輪を機に、さらなる増加を期待していた。昨春には外壁を修繕した。ただ直後に感染の波が押し寄せ、需要は蒸発した。 宴会やレストランも苦戦し、4~12月のホテルの売り上げは前年同期より約75%減った。感染防止策として宴会の料理を大皿から弁当形式に変え、円卓に座る人数も半分にするなど工夫を凝らした。しかし市内でも感染が広がる中、客は戻ってこなかった。 佐々木さんを含む122人の全従業員は失職する。「別のホテルに就職が決まった人も出てきた」と佐々木さん。それでも宿泊業界の先行きに不安が拭えない。「当分元には戻らない。収益を確保するのは相当難しいだろう」。自身の今後も決めかねている。 宿泊施設が姿を消している。東京商工リサーチ広島支社によると、昨年の中国地方の宿泊業の倒産(負債額1千万円以上)は7件。うち新型コロナ関連は3件だった。倒産せずともホテルを撤退する社もある。
▽競合ホテル増加
広島県内のあるビジネスホテルも昨年、営業を終えた。「コロナが終わりを早めただけ」と社長は思う。外国人客の増加を追い風に、競合ホテルが増えた。客を確保しようと値引きを繰り返し、価格競争に巻き込まれた。客室を埋めても利益が少ない。コロナ禍で客も9割減少。赤字に転じ、閉じる決断をした。 訪日外国人客やビジネス客への依存度が高かった宿泊施設ほど逆境に立たされている。各施設は生き残りを懸け、国内の旅行客に力を入れる。「3密」を避けて近場で過ごす「マイクロツーリズム」で誘客を図る動きが目立ってきた。 いち早く提唱した星野リゾート(長野県軽井沢町)。松江市と長門市の温泉街に展開する高級旅館「界」は昨年12月、客室稼働率が9割を超えた。中でも松江市の界は、中国地方からの客が前年の2倍に。新しい旅のスタイルとして近場の客を取り込んでいる。 松葉ガニを使った「ご当地鍋」をメニューに加え、客室にいながら城下町文化が味わえる和菓子作り体験も始めた。岡本昌裕総支配人(45)は「近場の魅力を再発見してもらうため、サービスを掘り下げた。収束後の海外からの誘客にも役立つ」と手応えを得ている。